呼吸コントロール力2

22.意識化する ー 癖を克服する

動作を意識化する 

母音メソッド

形は簡単、されど・・・

 五つの母音のそれぞれに呼吸と身体の動きとを伴って声を出す母音メソッド。その形をとるのは難しく見えません。でも実はそう簡単ではありません。拙著やHPで、“誰にでもできる”と書いていることは嘘ではないのですが、“但し書き”もあります。正しくやるには、それ相応に“やるべきこと”がたくさんあり、中でも一番大切なこと、それは伸びるということです。
 どのメソッドにも出てくるこの“但し”を抜いた実践では、意味も効用もなくなってしまいます。

背スジが緩む

 “伸びる”働きを充分に持っている人、そんな人ならいつも元気に溢れていて、母音メソッドが求める形を簡単にとることができるでしょう。一見元気そうに見えても、子供のような伸びのびとした体の使い方で生活や動作のできる人はそう多くありません。キヲツケ!と言って姿勢を正すときには、少々姿勢の緩んだ人でも、シャンと背中を伸ばすことができるでしょう。でもそこで、目の前に落ちているものを拾うために前屈みになると、背スジが緩んでしまう人がほとんどです。簡単に普段の使い方に戻ってしまいます。

まとめて一つに

 普段の身体の使い方のどこか一つなら変化させて使うことはそう難しくありませんが、今の話のように二つ以上となると簡単には出来なくなります。 

 毎日の動作のその中のたった一つをとっても、とても多くの部分的な動きの総和で成り立っており、それらをまとめて一つの意識で一つの動作として働かせています。ですから、新たに覚えようとする動作では、その中に含まれる多くの動作のための複数の意識をまとめて、より大きくまとめた一つの意識で動作できるように訓練する、すなわち新しい回路を構築しなければなりません。

 普段に多く行っている動作なら、無意識に近い意識で動作することができ、いくつかの動作をまとめて使うことも楽にこなすことが出来ます。歩きながら話すとか、歌いながら手拍子を叩きながら振り向く、などという動作です。 また、このような慣れた動作なら、注意を払わなければできない意識的動作を一つ入れて同時にやることはそう難しくはありません。でも母音メソッドでは、伸ばしながら重心を移動したり声を出したりと、二つどころか三つも四つもの動作を同時にやることが必要です。そこが難しいポイントです。

 ここまでの話でお分かりでしょうが、やれそうに見えて簡単にできない動作というのは、一つひとつ別にやれば簡単な意識的動作を、いくつか同時にまとめてやる動作だということです。
 ですから、それらの一つ一つがより無意識に近く、当たり前にできるようになれば、まとめて同時にやることもずっと楽になり、複数の動作をいつのまにか一つの動作にしてしまえるのです。どんなことであれ、難しいという裏にはこの問題があることでしょう。でも、いい声を出すために喉周りの筋肉の研究をしても、その働きには動きをを意識しにくい筋肉が多く、意識だけでコントロールは出来ないといっても差し支えないでしょう。しかし、母音メソッドの場合は、だれもが意識的にやれる動きだけの組み合わせで出来ているので、意識的に正しいやり方を構築していくことが出来るのです。

跳躍呼吸法で伸びる

 ということで、母音メソッドに不可欠な、というよりもよりよく生きるために不可欠な、伸びるということを当たり前にしてしまうために生み出したのが跳躍呼吸体操です。そしてそれを少し細分化して意識化しやすくしたのが、阿波踊り風・テンツク・プチプチつぶし、という《拙著ナチュラル ヴォイス ヨガ》の中の《生きた姿勢を体得する》の項に書いた体操です。

 ただ立っているように見えるターダアサナを正しくやるのは相当に難しいですが、ターダアサナの身体の使い方の中のいくつかの力の方向性を養うことのできる《阿波踊り風》です。養うということは、ただ使うのではなく、無意識に近く、注意を凝らさなくても当たり前に出来るようになるということです。

《阿波踊り風》

 膝を少し曲げたところから、足裏を床に向けて押しますが、膝を伸ばし切りません。掌を天に向けて押し上げて肋骨を引き上げ、同時に吐く息に抵抗を付けることで、締まるお腹に意識力を加え、胸を引き上げ、肛門を締め、骨盤底筋を締めます。これで肋骨が高くなり、お腹や体幹が締まり内臓が引きあがり、同時に重心を下げる働きも生まれます。

 この動作だけでもやることはたくさんありますが、すべて意識的にできるようにしていきます。

 まず最初にクリアすべきは、膝を①伸ばす吐く、伸ばす意識と動作の③タイミング、この三つを、考えないでも同時にできるようになるまで神経回路に教え込むことです。 簡単そうに見えますが、セミナーなどでやってもらうと最初は、まず10人中8人はできません、全員出来ないこともよくあります。ゆっくりなら難しくはありませんが、テンポを速めていくと、膝の曲げ伸ばしのタイミングがいつの間にか逆になっている人が多いのです。困ったことに反対になってもそれに気づかない人が多いので、指摘が必要ですが、ZOOMの場合は映像の表示に遅れが出るのでタイミングのズレが分かりません。できれば対面のセミナーなどでやりたいところです。この記事で独習できるよう、うまく表現したいところです。

咲いた咲いた

 エイエイオーと気勢を上げるときのオーの時には誰でも膝が伸びることでしょう。やるぞという積極的な気分の時には、吐くタイミングで背スジや足腰に力がこもります。この力の使い方の正反対の例があります。保育園などで、「咲いたーサいター、チューリップの花が~」と歌うときに、子供たちはサとタのタイミングで膝を曲げます。この動き方でもドジョウすくいのように背スジを緩めずやれば肚に力がこもるのですが、お遊戯を見ている限りでは背スジの緩みやすい行動パターンの基になっているように思えます。このリズムのとり方が多くの日本人の身に染みついていますが、決して本能から生まれてきた動き方ではなく、大人がそのように誘導することで園児たちの身に付き、それが一生ものになっていると考えられます。いつ頃始まったのか、自らも幼稚園を通って成長してきた大人がまた次の世代に伝えるという循環で、日本中に定着しているように思えます。最近も保育園の運動場で、保育士さんたちが振りをつけて園児と一緒に輪になって歌っているのを見ましたが、その動き方は昔のままでした。

行進

 これに似た話があります。明治の初期、富国強兵のために外国の軍隊に学んだ「軍隊風行進」もその一つです。大きく手を振って歩くのですが、それを幼稚園や学校でも教え込みました。これによって日本からナンバ歩きが消え、捩じる傾向を使って歩くことが国民的に当たり前になってしまいました。この歩き方はどちらかというと下部の体感空間が細くなりやすい傾向を持ち、明治以前の日本人的気質が一部失われたのではないかと私は思っています。このように無条件に受け入れてしまう子供時代に入り込んだ感性は、奥深く根付いていることでしょう。修正を加えない限り 何歳になっても残るものだと思います。

 ちょっと脱線しましたが、伸びる動き一つでも大きな問題が山積みです。

膝の伸びるタイミング

 それでは4拍子で、テンツク・テンツク・テン・(無声*)というように手拍子付きで声を出します。ゆっくり、脈拍程度のテンポで、膝を伸ばす動きを加えます。ストロークをとても小さくして、伸ばすというより緩めた膝を少し後ろに動かす“前後の動き”と思ってやる方がいい人もあるかもしれません。但し、膝を最後まで伸ばし切らず固くならないようにします。背スジが伸びながら膝が伸びればそのタイミングで頭の天辺も上に伸び、天を突き、足裏が床を押していることでしょう。
 ここまではまずだれでも問題なくできますが、テンポを早くしていくと、膝の伸びるタイミングが反対になる人が多く、ここが重要、意識して動き方を観察します。手と肋骨は上へ、膝が伸びる、声を出す、の三つが揃った状態を維持し、次に、声をスッ・スッ・スッと下腹を締めて吐く息の音に変えます。歯や舌で抵抗をつけてスッ・スッ・スッの音を強めて吐きます。そしてその三つがそろったまま、阿波踊りの音楽のテンポに合わせて出来るように練習します。膝の動きを、とても小さい前後の動きから始めるといいかもしれません。

同期

何のために動きを同期させるのか

 《阿波踊り風》は、動作・吐く・伸びるの三つを同期させることが一番の眼目です。
 どうしてこんなことをする必要があるのでしょう。それは、私たちが立つということを選択したことで、どのような活動をするときにもつぶれないように重力に逆らって伸びるという進化をしてきた生き物だからです。そのためこの働きをおろそかにすると多くの不都合が生じるのです。それにも関わらず、生活習慣や心の状態から伸びる働きの低下を招いている人が多いのが現実ですが、それを腰痛は立ったことによる人間の宿命だなどと世迷言を言うバカもいるので、学者の意見も自ら考えて選択する必要があります。

 何か行動を起こすとか声を出すというアクションを起こすのも、吐くという動作も、伸びるのと同じ遠心的作業です、そのため、動作の初動には同じ遠心的な吐く息でやるとやりやすく無理がかからないのです。行動を起こすときに、ヨイショとかエイッなどと掛け声をかけたくなるのがその働きです。コノヤローと身構えて息を入れ拳固を振り上げるのは求心的な動作ですが、そこで殴るときには伸びながら吐くという遠心的動作になります。先ほどのエイエイオーのオーも同じです。また、遠心的動作のためには求心的な身構え、丹田に意識を置くということも必要で、これによってバランスが取れ、沖ヨガで大切にする、“統一体”になることが出来ます。音楽の世界でも、声楽やヴァイオリンの演奏で、素晴らしい演奏家の多くが、エネルギーを込める音を出すとき、同時に膝を伸ばすように床を押して身体を伸ばしています。

 このように、意識的に、“動作”するとき“伸び”ながら“吐く”、ということを一つのこととして身につけることが大切です。

 母音メソッドでは、まず阿波踊り風で身体の伸ばし方やその伸びで内臓や肋骨が引き上がることを覚えますが、次に、その意識を頭頂にまで持っていくことで、呼吸器としての首・顔・頭皮なども働かせ、心を調え自律神経が安定するところまで深い呼吸が出来るようにしていきます。また、プチプチつぶしは、動きの中で上に伸びるための重心の位置を正しくするために役立つことでしょう。

 正しく阿波踊り風の呼吸体操を行えるようになるということは、背スジが伸び、下腹が締まり、肋骨が高く胸が広がるという基本的な身体の使い方の多くをクリアすることです。そして、声を出すことも母音メソッドもやりやすくなります。

 母音メソッドでなくても、どんなアプローチでも、伸びるということが無意識に近い状態でも当たり前に行われるように身につけてしまうことが大切です。そうすれば、最初の方に書いた、キヲツケの動作から前に落ちているものを拾うとき、背スジを緩めずに前屈みができることでしょう。

 今回のシリーズはここで終えますが、ここに書いたことの根本は本来のヨガの思想であり実践哲学です。多くの先賢から学んだことばかりですが、すべて自分の心身で把握できたことだけを書いています。そしてこの章に書いたように癖を克服する努力がなければ決して生命の働きにアプローチすることはできません、でも、生命の働きは意識しようがしまいが常に働き続けています。ですから自分としてはやれる限りやりあとは生命に任せる、というやり方しかありません。いわゆる全力を尽くして天命に任せるという姿勢であり、常に癖とは逆の行動をしながら生命に任せるということです。生命に任せようとする意思と行動だけでは癖の支配から抜け出すことはできません。

 今回のシリーズ《呼吸コントロールのメカニズム》は会報に掲載した22のタイトルを改変したものです。実技のことを文章で表現することは難しいので、自ら実践するためのノウハウを自分自身で生み出すための参考にしていただきたいと考え、私自身の体験から生じた気づきをトータル ライフ デザインの会報和気愛会に毎月掲載しています。その中から、ここ数年の記事を改編してホームページ掲載していたものをセミナーテキストとして使うために手を入れなおし、毎日の自身の研究やレッスンの最新の成果を反映しました。 2023年9月25日

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