呼吸コントロール力2

心と身体で取組む ー 心で心は制御できない

 体感空間は身体の感覚としての面を多く説明してきていますが、心の感覚でもあります。どちらからとらえようと、目に見えないイメージとして生み出している空間に違いはありません。身体の使い方の方向性が生み出す空間感覚が体内空間。そしてその体内空間が自由度や(らく)さ楽しさという心の解放感・安定感・充実感、そして伸びのびや爽やかなどという感覚とも結び付き、体外空間になっていると考えられます。

 これはきっと意識というものが、本来は限定のないところから生じているものだからこそ、束縛が少なくなるほどに広がるのでしょう。

 吸った息の分だけの実空間が体内で生じますが、お腹に息を入れても実際はそこに入っていないのですから、この体内空間を物理的だけでは説明できません。その上にもっと深く心の状態が関わる体外空間を言葉で説明するのは至難の業です。

 人によって、より身体で感じている人、より心で感じている人があるように思いますが、スポーツ選手ならまず身体の感覚として出発し、段々とメンタルな領域に移っていき、宗教家の場合は反対に心的イメージが先に生じ、そのイメージを維持しながら生活することで身体の感覚が生まれ呼吸が変化してくる、また音楽家の場合は、音に表すために使う身体の作業、すなわちそこで変化する呼吸の変化による空間意識(イメージ)の変化と、音の広がりから導かれる空間意識(イメージ)とが一致していく、というプロセスのように思えます。

 広がろうとする体感空間は豊かさに満ちています。喜びも悲しみもすべての感情は、深い呼吸が生む広く豊かな体感空間の中に溶け込んでいきます。でも悲しみに打ちひしがれればそこに豊かさは生まれませんし、喜びに興奮しても同じです。すべてを受け入れる心になった時豊かな体感空間を生み出す深い呼吸が生じます。

 大きく高らかに笑うときは誰でも広い体感空間を感じますし、神を思うとき、温かく笑い、思いやりや慈しみにあふれているとき、共に喜ぶとき、自他共に豊かさを享受しているときにはひときわ大きく広がる体感空間を保っています。
 反対に、イヤダ―、シマッタ、チクショウ、というような心の時には、だれでも体感空間が狭まる方向性の身体の使い方になります。例えば腹を立てれば胸や肩や首に力が入りお腹の力が抜けます。そのようなときに息を吸うと胸ばかりに息が入り、吐くと肋骨が(しぼ)み、体感空間も萎みます。これは呼吸の拮抗の働きを失い、広い体感空間を失っている状態です。
 この時の身体の使い方は上実下虚(上虚下実の反対)になっています。その心の生じる元には、「損をした、あいつが悪い、あいつのせいだ、俺にはできない」というような思い方(判断)があります。そしてそれが心の状態を変え、身体の使い方を変え、萎んだり逆に興奮したりして呼吸が乱れ、満遍なく丸く広がっているべき体内空間が偏ったり捩れたり狭くなったりするのです。心と身体は元来同じものであり、見る切り口が違うだけの同じ自分の姿ですから、心の状態を無視して体感空間を語ることはできません。
 また、身体の働きが萎む傾向になっているときにはいくら心が伸び伸びしようと頑張ってもそうなることができません。

 心を心でコントロールできない理由がここにあります。

 胸を下げて萎んだまま心を明るく保とうと思ってもうまくいかないし、心が沈んでいるときには深く気持ちの良い呼吸をしたいと思ってもうまくできません。
 私たちの心と身体はこんな風に足を引っ張り合うように働いていることが多いのではないでしょうか。できれば、お互いが影響を与え合う性質を逆手に取って、互いに励まし合うようなやり方をするべきではないでしょうか。

 身体の使い方がそのまま心の状態を生み出すように、心の指向性も当然、身体の使い方を生み出します。ですから心と身体が同じ方向を向くことで意思した方向に進みやすくなるのです。元気を出そうと思いながら胸を高く引き上げ、足腰に力がこもるように肩を下げて肛門を締めれば、心で思うだけでは生じてこない元気が出てきます。この両面を養うことで自分を自分の意思する方向に引っ張っていくことができるのです。

 それでは心はどのようにあつかえばいいのでしょうか。

 心の在り方については色々なところでよく語られます。積極的にとか、清くとか、暖かく穏やかに、とか言われます。それらは、消極的、濁って汚い、冷たく荒々しい、という心の状態、すなわち自分を豊かにせず喜ばしくなく、また、社会生活の維持の上でも問題の多い状態に対してです。
 そのような心と反対の心の状態を持ちましょうということは、マイナスに対してプラス、プラスに対してのマイナスの心の状態を持つといいですよ、とうことです。それは物事を両面から見ることでその対象の持つ価値に支配されなくなるということです。また、無理に良い人間になれということではなく、ただ中和するということです。きれいな心を持ったからえらいわけではなく、汚い心を持ったから人間としての値打ちがなくなるわけでもありません。

 話がちょっと脱線しますが、良い悪いで解釈するなら、悪いことがあるから良いことがあり、良いことがあるから悪いことがある、例えば短所は長所でもあるというのと同じことで、その両面の中に自分に与えられている本来の状態があります。ここでの良い悪いは自分の頭や心の状態の話で、社会的に悪いという行動をすればそれは制裁の対象になり、結局心を乱し安定を失わせる原因になるのですから、ヨガでも多くの宗教でも心構えとして、いわゆる「悪いことをしないでおきましょう」ということを言うわけです。しかし、良いとか悪いとかはその時代、その社会、世代や民族などで変わる尺度であり絶対的なものではありません。法律でも、社会の強者や多くの人のためには良い法律であっても、少数派の人には悪い間違った法律があるかもしれません。

 ある状態を0(ゼロ)に設定すればそれよりも右は(プラス)、左は(マイナス)というように、良い悪いの基準を決めるから+と-が生じますが、-の端から眺めてみたらすべてが+、反対の端から眺めたらすべてが-です。自分の決めた±0は本当にそこが0なのでしょうか、その基準は隣の人とは違うかもしれないし大人と子供でも違うことでしょう。これを突き詰めていくとすべての事象に+や-はなく、すべては程度の差でしかない、と考えられないでしょうか。この思い方で頭を使えば、悪者も私も聖者もみんな程度の差です。すべては程度の差、そう思えば楽にならないですか?力が湧いてきませんか? 

 在ること起こっていることは事実であって、それそのものに価値があるわけではありません。価値を与えているのは自分です。この増えすぎた人間が作る社会の中でであってもこの地球環境の中でも、誰が何と言おうと、人間として大切なのは生ききることです。他からの価値観に支配される必要はなく、自分の価値観にも支配されるひつようはありません。存在するのは事実だけですから、頭や心のとらえ方に支配されず、本来の働きを取り戻すことが必要です。

 これらを一つの切り口として体感空間に当てはめてみると、空間が0になるのは死んだとき、生きている限りある程度広がった空間がある。でもいつでも広がっている、どこでも広がっている「より広々とした空間」の方がいいじゃないかということになるのです。
 色々な意味で、色々な角度でバランスが取れ、フラットになる円くなる全方向に広がる、体内の広がりが体外に、そしてどこまでも広がるというような状態、それは、きっと私たちの本質の中にあるどこまでもとどまらない躍動と安定の状態であり、無限の歓びの状態であることでしょう。
 それらは決して外から得られるものではなく、自分の中にある「ものではないモノ」、ものからは得られないモノ。でも、その大きさを感じているあいだは限定された空間であることでしょう。

 大きさを忘れすべてを投げ出したときに限定がなくなる。これが体外空間のあるべき、そしてありたい姿だと思います。心で言えばとらわれない、引っかからない、こだわらない、どこにも限定のない状態であることでしょう。
 それを自分のモノにするには本来の呼吸を取り戻すことが大前提です。毎日いつでもどこでも豊かな深い呼吸をできるようにするのです。

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