呼吸コントロール力2

呼吸と体感空間 ー 拮抗が生み出す広い世界

 満ち足りて豊かな気分で生きているとき、誰もが体感空間が大きく広がる呼吸をしています。それはすなわち、身体の中に息を満たそうとする働きが常に維持されていて、吸うときはもちろん、吐くときにも胸腔が広がろうとする働きがなくならないことであり、この状態が、「呼吸の拮抗」がうまく働いているということです。 

 肋骨が引き上がって広がり、それに対して横隔膜が下がる、上の空間も下の空間も広がり、その働きが消えないまま、すなわち胸腔が広がる方向の「第一の拮抗」の働きのあるままで、胸腔を押し萎める別な働きによって吐く、という作業が行われます。これは「吸う息の働き」と「吐く息の働き」が拮抗しているということであり、これを「第三の拮抗」と呼びます。「第二の拮抗」は第三の一部と考えてもよいのですが、下がる横隔膜に対して骨盤底や体幹の筋肉が働き、腹腔を圧縮して腹圧が生じるということです。第一のあるまま第二・第三が働いて吐くと、息の入っている胸腔の容積は吐いた分小さくなりますが、感覚として生じる体感空間を萎ませないでおけます。この三つの拮抗が内包された状態になってはじめて、自在に呼吸をコントロールすることができます。そして、そのコントロールに必要な力の込め具合のフィードバックの手ごたえとして感じられるのが体感空間を維持する感覚です。言葉を変えれば体感空間を維持しようとするときに呼吸コントロールが出来るようになるのです。現代生活で多くの人がやっている、心や身体を損ねる浅い呼吸というのは、息を入れたときに体感空間が拡がっても吐くときには体感空間が萎んだり偏ったりしてしまいます。また、お腹の力のこもり具合を頼りにして行動する人の場合は、肋骨が下向きに働いたり前後のバランスがよくない状態でも腹圧だけを維持することはできるので、深い呼吸をするための全身的な働きを誘導することが難しいかもしれません。全身を使って快い拮抗が生じ、体感空間が広がる呼吸の働きを身につけてこそ、自分の存在をいつも広く大きく、力強く感じるて生きることができます。萎縮感、脱力感、敗北感、焦燥感、怒りや嫉妬、緊張や力みなどの心の葛藤とは全く反対の心の状態を維持するために不可欠な働きでもあります。

 ここでお話している呼吸の観点では、胸腔が広がる傾向や狭まる傾向という表現になりますが、これを細かく部分で見れば萎んだり膨らんだりが色々なところで複雑に縦横無尽に生じています。例えば、息を止めた状態で体を曲げたり反らせたりすれば、肋骨の各部が上がったり下がったり広がったり狭まったりしますが、身体の中は軟らかく、息の圧力感覚はどこにでも移動し、色々なところが膨らんだり萎んだりします。そこに、入る息と出る息が加わるので、部分的にみればとても複雑な動きをしていることでしょう。状況に応じて伸縮自在に変化し、例えば、息を吸うときにお腹が膨らむことも凹むこともあるわけです。

 このように複雑に見える呼吸の働きは、生まれながらに与えられている能力でその時の状態に合わせた最良の呼吸ができるようになっています。野生動物は何も考えないでもその時々の状態に適った正しい呼吸をして闊達自在に生活することが出来ていますし、今はほとんどいなくなった原始生活者たちもきっと同じであったことでしょう。しかしながら、現代では多くの人が呼吸器の正しい働き方を忘れてしまっているように見えます。自然な生活から離れ、心身の健康を失うとともに呼吸は浅くなる一方です。この問題を解決するためになにをすればいいのでしょうか。

 もちろん原始的な生活をすれば解決できる可能性は高いですが、ほとんどの人にとってそのようなやり方は現実的ではありません。文化的な生活や豊かさの中にいるままでそこに取り組もうとしている方が多くおられますが、世の中全体としてみれば全くうまくいっていません。なぜうまくいかないのか、どうすればこの文化のなかでそれを実現して健康な心身をを得、豊かな生き方ができるのか、ということを私なりに時間をかけて少しずつ理解し、また解決し、わかったことをこの場で表現しています。

ジグソーパズル

 ヨガはマップでありジグソーパズルのようだ、という話をしたことがありますが、このことを受けて、「今日のワンピース」という記事を書いて下さる会員さんがおられます。私にとってもこの小さなワンピースが毎日のように、「あぁ、このピースはここだ、これはあそこだ」と気付きがあります。全体像は大き過ぎて見渡せませんが、ヨガの八段階や十段階というマップと自分の思考や体験から、大きなジグソーパズルのような全体像をイメージすることが出来ます。そして毎日の自身の気づきがその全体像のどの位置にあるのかをぼんやりとでも特定していきます。毎日毎日少しずつピースを置いていくととてもゆっくりとですが、ジグソーパズルの景色が現われてきます。全部を見渡すことが出来なくても、呼吸や声、そして身体の働き方、心の状態というある程度限定した範囲では頻繁に気付きがあり、着実にジグソーパズルを埋めていくことができます。そこである程度でまとまったひと固まりがまたワンピースとしてより大きな景色の一部として使えるようになることでしょう。また、以前に与えられた気付きの「小さい世界で起こる現象は、もう一つ大きな世界でも同じように相似形的に起こっている」ということと合わせれば、声や呼吸の世界でわかったことがもう一つ大きな世界でもワンピースとして使えるということにもなります。私の気づきが他の人とどこまで共有できるのかわかりませんが、それを出来るだけ“誰にも理解できること”として表現出来るように日々奮闘しているところです。

相似形

 さて、今回の話は、口の形と横隔膜との関係です。教科書の挿絵のような外から見た口の形ではなく、口から喉まで、咽頭や喉頭にかけての立体的な形という意味であり、それが体感空間と密接な関係にあるということです。この関係性そのものはずいぶん以前から気づき、それを呼吸や声に応用したのが母音メソッドでした。しかし私たちの呼吸というものを身体や心の働きとして見ていくと結局は体中が呼吸に関連しておりまた反対に呼吸に支配されているという思いを深め、結局は全身が呼吸器であるということを再認識したことです。そこでこの立体的な形の適用範囲がより大きくなり、体内空間が頭の天辺から肛門まで感じることができるということ、そしてその大きな空間を形作っている中に喉や口そして息の通り道である声門までが含まれるということ、そしてこの関連性そのものが全身が呼吸器官であるということの一つの現れだったということです。

体感空間

 体感空間はこれまで体内空間と体外空間とに分けて説明をしてきました。この空間感覚は全く主観的でいくら説明を加えてもその本質に近づくことは出来ないとはできないことでしょう。それでも、できるだけ色々な角度からとらえることでなにか他の人と共有できる感覚を持つことが出来ると思い、色々な表現でアプローチしたいと考えています。

 私にとっての体内空間はぼんやりとした感覚です。呼吸が入っていると感じられる空間は、意識的に特定の部分に入れている時にはそのあたりに、例えば角のない丸い風船のような輪郭のない長球や楕円体のような空間を感じます。しかし上下や左右などに拮抗するような入れ方をして息の入るところの範囲が大きなると、輪郭の感じはもっとなくなり、例えば卵型の濃密な空間があって外に行くほど少しずつ疎になっていき、もっと外に行くほどに薄く淡くなり実体がなくなっていくような感じで身体の範囲を超え、体外空間に感じられるようになります。体内であれ体外であれ、明確な輪郭を持たない丸みを帯びた形のように感じますが、頭頂から肛門までを含めた大きな空間の中に、その一部として、口から頭頂、後頭部、そして咽頭部や喉頭部までを含めた広がり方の空間があります。また別の例ですが、三角形の底辺に平行な線でその三角形を二分すると、分けられた上部と元の三角形とは相似形になります。曖昧でぼんやりとした感じ方ですが、三角形の例のような相似形的な広がりを持った空間が大きな広がりの一部としてあるように感じます。少し違うとらえ方としては、響きを生み出す空間意識と、これまで呼吸の入り方としてお話してきた肋骨・横隔膜・骨盤底筋・肛門などで生み出される空間意識とが、声を出そうとするときには同じような形になり、その上にそれらが一つの空間意識に統合されていくというような感じかたでもあります。

 声を出す時に、明瞭な発音のために口を大きく開きましょうということがよく言われます。歌や発声の世界でも、縦に大きく開きましょう、頬を上げて、口角を横に引いて、などと色々なことを言います。このことの本来の意味は、口の形が全身的な空間意識の一部であり、横隔膜や体感空間とも相似形的関連があるということです。もちろん、口の形と横隔膜が連携して働くためには、呼吸がある程度以上健康的に働いていなければなりません。健康度の低い姿勢をしている、口先だけのペチャペチャ声を出している、心にもない笑いを顔だけで作る、などの部分的な呼吸をしていれば、心と顔が分裂するように、呼吸の本来の連携は望むべくもありません。そのままいくら大口を開けても全身的な変化は生じません。これは、全身が一つの大きな呼吸器官であるという観点から見れば当たり前のことです。

全身が呼吸器

 似た話になりますが、また別な観点でお話ししてみます。

 クラゲやミミズのような存在から高度な機能を持つ哺乳類まで、生命維持という視点で観れば全身のほとんどが、消化器官と呼吸器官であると考えられます。動物は、生きるためのエネルギー源を見つけたり手に入れるための働きとして、運動や感覚の能力を発達させてきましたが、そのために必要な酸素量は厖大で、それを取り入れるための呼吸の働きがとても大きくなりました。 

 消化は入り口と出口以外では、消化器自身が自前の機能だけで仕事をこなしますが、呼吸についてはずいぶん違いがあります。呼吸は肺でなされるといっても、肺には筋肉がなく、肋骨を動かす筋肉や横隔膜、体幹の筋肉などによって仕事をしていますし、その筋肉たちは呼吸専用というわけではなく、身体を動かすための筋肉と共用されて、他の動作と大きくかかわっています。そして、骨以外は軟らかくできているブヨブヨの肉でできた体を使って呼吸という筋肉作業で空間を確保するためには、常に筋肉が働けるための足場と全方向への拮抗の問題があり、肛門から喉、いやもっと上部の呼吸の入り口の鼻先までの全身の筋肉が協力しなければなりません。生命の要求する深い呼吸を満たすためには、足の先から頭のテッペンまで全身の運動のための筋肉が呼吸と関わらなければできません。ですから、多くの現代人たちの全身を使わない呼吸というのは、生命から見れば不完全な呼吸ということです。

 母音メソッドを初めて思いついた時に感じたことの一つ、それは、「声を出す時の口や口の中の形は、呼吸の形、すなわち体感空間と相似形である」ということでした。全身的呼吸器官が生み出している体感空間、この大きな空間の在り方の変化は喉、首、肋骨、横隔膜など、それらの状態のすべてで作り出し、またお互いが影響を与え合い支え合って呼吸の形を生み出し、その前後や左右の使い方で空間の在り方が変化します。「あ」のように口を縦に大きく開けて呼吸をしたり声を出したりすると横隔膜の前側が多く働き、「お」のように口の中を奥に開くように声を出すと横隔膜の後ろ側が、「え」のように横に開くと横隔膜の横側が多く働くのです。「い」のように上に引き上げるときには咽喉、咽頭、そして表情筋も引き上げます。上がる働きに対して当然横隔膜の下がる働きも必要ですが、どちらかというと、胸椎、肩甲骨や肋骨の働きで上への働きが多くなります。「う」は反対に全体的に下に引き下げる働きが多く、反対の「い」の働きが伴うことでいい声が出てきます。

 ここで大切なことは、横隔膜の中での力のかかり方です。横隔膜はその中心と360度全方向の起点との張力として成り立つ働きであるということです。筋肉の片方の足場は肋骨や背骨についていますが、もう一方は横隔膜の中ほどにある腱に付いていて、反対方向についている筋肉同士の引っ張り合いによってバランスを取り合っており、ここでも拮抗の働きによってうまく働くようにできています。体感空間が広がるための拮抗は前後左右、四方八方の全ての方向で拮抗の働きのバランスが取れていることが必要ですが、この張力のバランスがくずれ、ある方向に強く、そして反対側が弱くなれば空間を満遍なく開くための膜としての働きが出来なくなるのです。

 ピンと張ったテントのことを思い浮かべてください、いくつかのペグで地面に固定していますが、このうちのたった一つでも外れたら、テントの張りがなくなり本来の用をなさなくなるのと似ています。真ん中の支柱は上向きの力、そしてペグは下向きの力、そしてそれが前に対して後ろ、右に対して左、と引っ張り合うことでテントの中の空間が保たれます。肋骨が上向きや外側に引っ張ることで横隔膜の働く足場ができ、下向きの力を生み出し、そしてそこに前後や左右のバランスがとれることで空間が生まれます。一つの空間形成に向けて全ての呼吸器が協力して働いています。

 息の出入りに直接関わる筋肉の働きとしては、前後左右すべてに広がった筒のように径の大きくなった肋骨が高く引き上がり、それに対して肋骨の前後左右すべてに相対したところで横隔膜が下に引っ張るように働き、そこで生まれた空間を維持するために、下では骨盤底や肛門までが働き、上では首から鼻の奥、すなわち上咽頭から声帯のある喉頭部までが働いて、上肺部から肛門までの体内空間が開く。このためには、いわゆる呼吸筋と呼ばれているもの以外にも、口や口の中を開き、目を見開き、耳や頭皮そして表情筋までも開き引きあげるというように、関わる全てを動員して初めて自己の持つ最高の空間が生まれます。

 この話をまとめてみると、口と横隔膜が関連しているというよりも、全身の広がりの一部として口を開くし、反対に口を開くことが全身の空間を開くことを手伝ってもいる、ということです。口だけを大きく開けてもそれが横隔膜を含む全身の広がりと連携していなけれは呼吸は深くならず、いい声が出てくることもありません。

呼吸の在り方、それは身体の使い方とも言えますが、これが体感空間というイメージ空間を生み出すエネルギーの元です。深く長く力強い呼吸を体得した人だけがこの空間意識を自分の意思で拡げ、充実感に満ちた体感と豊かな心を自ら生み出すことが出来ます。

次の記事
呼吸の連携

呼吸の連携 ー 全身が協力して膨らみ広がる前のページ

立つということ ー 呼吸器も立った次のページ

関連記事

  1. 呼吸コントロール力2

    二足歩行の呼吸 ー 四足の呼吸システム

     母音は「心や呼吸の膨らみ方」の違いが声に表れたものです。そして、本…

  2. 呼吸コントロール力2

    呼吸の連携 ー 全身が協力して膨らみ広がる

     肋骨を高く引き上げ、横隔膜を下げる。これは呼吸の入る容れ物を拡げる…

  3. 呼吸コントロール力2

    母音について ー 母音はどのように作られるか

     本来、声は身体や心の状態、そして感情や意思をそのまま他に伝える手段…

  4. 呼吸コントロール力2

    色々な呼吸 ー 良い腹式・良くない腹式

     今回も呼吸の話です。別な話をと思ったりもしますが、それにしても呼吸…

  5. 呼吸コントロール力2

    体感空間の持つ意味 ー 心身息声をつなぐ橋

     このところ出かけるレッスンが減りましたが、声を使うレッスンは難しい…

  6. 呼吸コントロール力2

    心と身体で取組む ー 心で心は制御できない

     体感空間は身体の感覚としての面を多く説明してきていますが、心の感覚…

コメント

  1. この記事へのコメントはありません。

  1. この記事へのトラックバックはありません。

最近の記事

  1. ナチュラル ヴォイス ヨガ

    発声法とは
  2. saika Blog

    ポポ ー ご存知ですか?
  3. shuhei Blog

    ヨギ・ヴィダルダス(Yogi Vithaldas)
  4. ヨガで深い呼吸を身につける

    呼吸コントロール力

    声と呼吸の達人-フースラーとヴィダルダス
  5. shuhei Blog

    ここ一年
PAGE TOP