沖ヨガ道場に入る時に提出する「修行願い」は通常の申し込み書の書式でしたが、その願い書の最後には、「ここではすべてを自己の責任で修行として行います。」というような意味あいの一文が入っていました。
そこに署名をして、現金をすべて預け、身も心も軽くして道場生活に入りますが、その「修行願い」の中に「鍛錬班」と「改造班」のどちらかを選ぶ欄がありました。
私は「鍛錬班」でしか入ったことがないのですが、特に病気を治したいというような人たちが「改造班」に入っていたようです。
改造ってどこを改造するんだろうと、初めは思っていたのですが、そのうち、断食をしている人たちが身体を改造する班なのだと認識したことでした。初めて道場に行ったときには断食をしてみようなどという発想もなく、断食をしている人達をちょっと不思議な目で見ていたように思います。でも、道場での少食生活を終えて、家に帰って元の食事に戻ったとき、母が出してくれる食事を出されるまま以前のように食べると、脂っこいし多すぎるし、お腹が張って苦しいので、母に頼んで玄米ご飯と少量の野菜で作る玄米菜食の食事にしてもらいました。それでも時々は食べ過ぎて調子の良くなくなることがあり、そんな時、自宅にいてもできるだろうと、自分で断食を始めることにしました。
3日断食とか、1週間、10日間というような短い断食を時々するようになり、そのうち慣れてきて、少し食べ過ぎかなと思うと断食、体が重いなと思うと断食と、思い立ったらすぐに断食をしていました。
もう何十年も前のことですが道場での修行中、この断食の効用でとても印象に残ったことがあります。自分の断食ではなく他の修行者の断食中の変化についてです。
そのころは、道場での強化法やマラソン、冥想法、色々なことに慣れ、体力も筋力も弱かった私がずいぶん強くなり、人並み以上の体力になっていました。あるとき私が道場に入り、その数日後に同じ年頃の二十台前半の男性が入ってきました。特に病気があるようにも見えない人でしたが、初めての道場修行で改造班に入って断食を始めました。
体格は私より少し大きいくらいだけれど、強化法のときに相撲を取るといつも私の方が勝つという力関係でしたが、その彼の断食がすすむにつれ、3日目くらいには指だけでひっくり返すことができるくらい、ヘナヘナに力が抜けてきていました。
ところがです、1週間か10日くらい経って、相撲を取った時に、彼の体は、びくともしない岩のように頑丈で、とても倒すことができませんでした。「腹が減っては戦はできぬ」などどこ吹く風、断食で体の毒素が抜け、お腹の不要なものがなくなることで丹田に力がこもるようになったのです。このときほど常識がいい加減だと思ったことはありません。
沖先生は、「お前らは、あれを食うかこれを食うか、食うことばかり考えている。食べないことを考えろ、空腹を楽しむんだ。」とよく言われていましたが、その通りのことがそのまま目の前で起こっていました。
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