ヨガとは

本来のヨガ_3. 生命の働き

ヨガは体操でもストレッチでもありません。

健康法や瞑想法ともいえません。

 人間が与えられている生命をどのように活かすことが出来るのか、どうすればより活かすことが出来るか、その全体像と求めるべき焦点、そしてそこに到る道筋を説いているのがヨガです。

 自分の生命をより活かすことができれば当然健康になり、また心も調うことでしょう、でもそれらは自分を活かすということの結果として与えられるものであって、決してそこが目的ではありません。あえて目的というなら、もっともっと大きな目的があります。

 私たちは、健康や心の安定、そして社会の平和などを求めますが、なかなかうまくいきません。そのため個人としても社会としても何をどうすればよいのかを何千年も前から求め続け、多くの人がその解決に力を注ぎ、そこから哲学や科学が生まれ宗教が生まれ、そしてヨガが生まれました。ヨガではまず個人の問題解決から取り組みます。
 近代になってもてはやされ出したヨガは哲学・科学・宗教のどの分野とも関わる実践哲学といえる分野です。すなわち全体像の把握とそこに至るための実践方法を一人ひとりが自らの体験を通じて把握する実践哲学です。

 私は学者ではないのでヨガの成立やその哲学について研究をしたわけではありませんが、実践哲学としてのヨガ行を通じ、体験によって多くのことを把握することが出来ました。それは、生命の働きを感じ取り、その働きと共に生きるという意識を育てることよって得られる把握です。

生命の働き

 「私たち人間は生命を持って生きている」という感覚で生きている人が多いと思いますが、それはどうでしょうか。私たちが生命を持っているのではなく、むしろ生命が私たちの肉体や心を作って生命の道具として使っているのではないでしょうか。そしてもう一つ、その生命というものは、地球上に色々な形で多くの種として生きていますが、それらを生み出しているのが「生命の働き」です。

 生命は生まれたり死んだりしますが、この「生命の働き」が消えたり途絶えたりすることはありません。この働きによって生命は何億年も連綿と続いてきています。
 私が生きている間、生きている限り、私の生命を維持するその働きがなくなることも減ることもありません。全く欠片(かけら)ほども減ることはありません。しかし、使わない機能は減ったり衰えたりします。それは年寄りだけに起こるのではなく、若者であっても全く同じです。若者の場合は生まれ持った貯金があるので減ったことが年寄りほどに目立ちませんが、多くの若者が人生の途上で減らし続け、ある時点で貯金がなくなり、ああ私も老化したと思うようになるのです。最近は早い時点で使い果たす人が増えてきているのではないでしょうか。

年齢と生命の働き

 減ったのは生命の働きではなく貯金です。年寄りには生命が減ってきているような感覚を持って生きている方が多いように見受けられますが、それは大きな間違いです。私は75年も生きてきましたがその分「生命の働き」が擦り減ってきたのでしょうか。

 たしかに、生命にはアポトーシスのような働きも寿命もあり、ある程度生きれば次の世代に生命を引き継ぐようにできていますから、そこに関わる機能低下はたしかに「老化」そのものであることでしょう。しかし、「世の中で老化といわれていること」のほとんどのことが「老化ではなく退化」であり、あえて言うなら「老人化」という現象ととらえるべきです。それは、使わない機能が退化するという当たり前の現象であって、子供でも若者でも、どのような年齢であっても生じることです。反対に、使っている機能は衰えません。衰えた衰えたと言いながらアゴを動かして毎日食べることのできる年寄りは食べ続けているからこそアゴの筋肉の機能が維持されて働き続けます。でも、大して動かずに毎日毎日必要以上に食べ過ぎているとどこかの機能低下をまねき、別なところに障害がでてくるという結果を引き寄せることになるかもしれません。
 食べるのと同じように全身を満遍なく使い続け、頭を使い続け、不要な無理をかけないならもっともっとそれらの機能が働き続け、老人化が起こらず、若々しい肉体と精神を持ち続けることが出来ることでしょう。その上、何歳になっていても使う機能は発達します。生命はあまりに多くのことを有機的なつながりの中でやっているので、私たちの頭脳で「これとこれをやれば」とか、「あれをやめれば」というような部分的なアプローチではその機能に肉迫することはまずできません。そこで私たちのできることはと言えば、常に働き続けている『生命の働き』というものに寄り添い、協力し、任せて生きるということしかありません。

 年寄りの機能低下が現代の問題としてクローズアップされていますが、それが老化というなら現代の若者の多くがすでに相当な老化をしていることも由々しき問題です。街中や電車で思うことですが、肋骨が下がり呼吸が浅くなって面白くなさそうな顔つきでいる若者の割合が増えているように思います。現代の生活のシステムは生産や経済を優先に構築されていますから、相当意識的に生活の仕方を工夫しなければ、生命の働きに寄り添うことができません。文化も経済も人間が生み出したことですから、工夫次第でその弊害をなくした生活ができるだけの思考力も与えられているはずです。

 私が多くの人から聞くとても残念な言葉は「歳を取ったので声がかすれてきました。何とかなりませんか」です。
 声がかすれてきたからと医者に診てもらうと多くの人が「これは老化現象だから仕方ありません」というようなこと言われるそうです。
 誰がそんなことを決めたのか、仕方ないと決めたのか、とんでもない暴言であり、現代医療のありかたの根本姿勢が見える言葉です。妊娠した人が産婦人科で「患者」と呼ばれるのも抵抗がありますが、妊娠は病気でしょうか。胎児が体の中にいるということは何を患ったというのでしょう。

 ちょっと脱線しましたが、歳を取って声がかすれている人の多くは、姿勢の誤りから呼吸が浅くなり声帯の本来の機能を使わないために起こっている現象ですから、直してもらおうなどと考えて病院に行くことがまず間違いです。そこで歳を取ると声のかすれる医者が分かったつもりで「歳のせいです」とうのは、自分のことを何も知らない大きな間違いです。そして何も知らない人の言うことに権威を持たせて、「お医者の言うことだから」と真に受けることがまた大間違いです。少々文句っぽくなりましたが、世の中では間違いがまかり通っていますから、正しいことと間違ったことを選別できる「頭脳の働き」、そしてその元にある「感じる働き」を高めるということが何よりも大切です。

 桜の老木が春に咲かせる花や若葉は若木が生み出すものと変わりません。私たちの「生命の働き」は常に100%の働きをしているのに、使わないでいるからその機能が不要なものとして積極的に退化しているのです。いわゆる若者であれ老人であれ、この「生命の働き」を活かして生きることが生命の本来の目的であり、その働きに適うほどに生きる喜びがフィードバックされるのです。

 生命が喜ぶとはどんなことか、それを考え、哲学し、実践して自分のものにし、喜びに満ちた生き方を目指すのがヨガをするということです。

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