呼吸コントロール力2

体感空間 心の広がり ー 息を吐いても萎まない

  これまでも「体感空間」、「呼吸」という言葉が何度も出て来ていますが、それは、ここに私たちの「生」の質を向上させるポイントがあるからです。もちろん、この観点は無限にある「生」へのアプローチの中の一つです、しかしこの一つが変わることで、身体の使い方が変わるのは言うまでもなく、考え方や感じ方までもが変わります。それには地道な観察と実践が必要ではありますが、その方法は決してベールに隠された秘密ではありません。一つひとつ解いていきさえすれば決して難しくないあたりまえの事実として捉えられることしかありません。それまでは秘密のように見えていたとしても、解けてしまえばもう秘密ではなく、この上なくすばらしい自分の宝物になります。誰にでもその素晴らしさを見せたり分かち合うことのできる宝になります。

 「体感空間」という抽象的に感じるこの言葉の意味するところを理解することができれば、「呼吸が心と身体の有機的なつながりを生み出している」ということもわかり、ヨガの三密と言われるこの三つをどのようにとらえ、どのように実践していけばいいのか、ということもわかってくるはずです。そうすれば、ヨガが説くところの、私たちが享受すべき「生」の本来持つ、生きがいや悦びの世界に入って行くための道筋の一つが照らしだされるのではないでしょうか。今回はその観点から「体感空間」に焦点を置いて話していきます。また、別のページでお話するつもりの「母音メソッド」へのアプローチも、この理解を深めれば、もっと身近で楽に取り組めるものになることでしょう。

呼吸とイメージ

  「体感空間」は字の通り空間ですから広がりを持ちます。この広がりは「身体が膨らんだり萎んだりする呼吸のエネルギー」が生み出しており、そのエネルギーは同時に心の膨らみや萎みも生み出しています。

 ヨガの三密は、「心」「呼吸」「身体」の三つの観点から統一調和を図ることを指していますが、「体感空間」は、心・呼吸・身体の三つを把握するための具体的指標ということができます。しかしこれは具体的というには見ることも触ることもできないイメージ空間なので、曖昧で掴みどころがない感じを受けることでしょう。でもこれが相当なレベルで他の人と感覚を共有することのできるイメージなのです。例えば「お腹に息を入れましょう」といった時にどのくらいの人が同じ感覚を持ち、その意味を理解するでしょうか。 多分ほとんどの方がお腹に息を入れることができることでしょう。そんなことはできませんと答える方もたまにおられますが、やり方を教えてあげるとみなできるようになります。どうしてもわからなかった人は今まで一人もいませんでした。これはどういうことでしょう。実際にお腹に空気が入るわけではないけれど、その事実ではないようなお腹に息を入れるというイメージは全く架空の想像上のイメージでもありません。私たちの身体の普遍的な働きと深い関係を持つからこそ、多くの人が同じようなイメージを持つことが出来るということです。

 このイメージは脳の働きによって生み出されており、例えば、「物を見たときには、その形を脳の中でスクリーンに映すように映像化している」というのと同じような働きを使っているのだと考えられます。ところが、この感覚とよく似ていると考えられる、お腹の後ろ側の「腰に息を入れましょう」ということをやってもらうと、この感覚を共有できる人はかなり少なくなります。歌や声の勉強をしている人の場合は、先生からそういう指導を受けることが多いので、この感覚を身につけている人が多いのですが、でもその人たちでも、「首に息を入れて」とか、「頭に入れて」というと、その感じが伝わらない人がとても多くなります。これはそのような習い方をした人が少ないためで、要はトレーニング次第で誰もが同じような感覚を身につけることができるということなのだと思われます。

イメージ空間の正体

 それにしても、息がお腹や腰に入るというのは不思議なことです。セミナーなどでは、「実際にそんなところに息が入ったら死ぬよ」といつも話していますが、それなのに多くの人にとって共通意識として持つことのできるイメージなのです。では、このイメージはどのように生み出されているのでしょうか。

 私たちの身体には筋紡錘やゴルジ腱器官という、筋肉や腱の状態を感知する器官がそれぞれの中にあり、それによって引っ張られ方や長さを感知することができ、また皮膚の持つ感覚も関わり、自分の姿勢や動き方を把握することができているといいます。例えば体操選手が人間技とは思えないような空中での回転と着地をやってのけますが、これには、筋肉やその支配神経、筋紡錘、そして皮膚、当然三半規管関わっての感覚からそれらをイメージ化して自分の位置や空中での姿勢をまるで外から見ているように把握することが出来ているのだと思われます。この自分の位置や筋肉の働き方をイメージ化するというのは、決して特殊な能力ではなく、誰もが「鏡を見なくても自分の姿勢や状態を把握できている」からこそ歩くことができ、また、歩きながらその姿をイメージすることもできるということです。 

 この機能を使って、息を入れるときの「吸う意識」と「筋肉の使い方の強さと方向」、それによって生じる体内の各部に生じる「圧迫や引っ張られ方」、そして「入れようとした息の量」「入ったと感じる息の量」、などのデータを総合的に把握・解析することによってイメージが構築されていると考えられます。お腹あたりでの「圧迫や引っ張られ方」が他の部位よりも強ければ、「お腹に息が入る」という感じ方をし、胸あたりでの「圧迫や引っ張られ方」が強ければ胸に息が入ったというイメージができるのでしょう。

 もう一つ、この体感覚を分析してみると別の要素があるのが分かります。一つひとつの筋肉の働きは直線的な方向性を持つ力ですから、空間的な広がりのイメージが生じるには、ただ引っ張られるだけではなく、方向性を持つ複数の力が身体の外向きにかかることで初めて可能になり、三次元的な体内の広がりを感じたり生み出したりすることができます。そして、その個々の力の状態によって、空間がより大きくなるとか、その形が長くなるか丸くなるかというような変化が起こっているということです。また、この感覚を研ぎ澄ませていくと、他の受容器官の働きも使って、息の入る場所だけではなく、息の入って行く経路やスピードも体感覚の一つとしてとらえられるようになります。

息を吐いても萎まない空間

 さて、なぜこの「体感空間」を大切にする必要があるというのか、それは、最初にお話ししたように、この空間が心の形を作っているからです。体感空間は心の広がりなのです。

 心と身体とが全く別物と思っている人もいるかもしれませんが、元々私たちの生命の働きが生み出した私という個の見えるところを身体といい、見えないところを心と言っているだけであって、決して別のものではありません。気落ちした時やホッとしてため息を出すときには胸が落ち、体内のイメージ空間は萎んでいます。夢に胸が膨らむという言葉のように、元気で希望にあふれている時には体内のイメージ空間は大きく膨らみます。それでは、私たちが息を吸って空間が膨らんだ時には気持ちも膨らみ、吐いて空間が小さく萎めばその度に気持ちも萎むのでしょうか。そうです、厳密に言えばその通り、呼吸と共に心も動いています。

 伸びをして胸に息を大きく吸い込むと爽やかな感じがしたり気持ちが大きくなったりするということは、息を入れる前は入れた後と比べて、相対的には空間が萎み、同時に気持ちも萎んでいたということです。それは落ち込んだというほどの感じではないかもしれないけれど、本来自分の持っている、気持ちよく元気で明るい状態、例えば高らかに気分よく笑っている自分と比べれば相対的に落ち込んだ状態になっているということです。かくいう私も、どんな人間も、リラックスしているときもあるし、いやなことがあったり痛くてつらいこともある、いつも元気印というわけにはいかないことでしょう。でも、私たちの持っている能力の中には、自分がどのような状況に置かれていても、温かく豊かで心がゆったりと膨らんでいる、そんな気分を四六時中維持することができる、そんな力を持っているはずなのです。できればいつもこの状態にいたいと私は切に願い、なんとかその状態が当たり前であるようになりたいといつも思っています。 それは外的な状況とは関係なく、自分の内部での在り方で生み出すことのできる心の状態だからです。そしてそれが心を変えようとするアプローチだけでは解決できないことであり、またそれが呼吸の力によるものであるということを確信していましたが、どのようにその呼吸を変えていくのかが分からず、盲滅法やっていました。でも、呼吸の形と心の状態とが同じもので、それを呼吸の広がりとして感じることができる、ということが分かり、それを「体感空間」と名付け、また、その空間は息を吸っても吐いても広さを維持することのできる意識空間であることに気づいたことで、どのような働きを身につければ自分の願う心の状態に近づけるのかが分かってきました。

 それは、この空間が実際の空気の量に比例して大きさを変えるのでは無く、気分の広がりと同じイメージで膨らんでいるからです。そしてそのイメージは前述したように胸郭を拡げ内容積を大きくしようとする働きこそがその空間の大きさであって、実際の容積の問題ではないということです。ですから、息を吐いても維持することができる空間の広がりなのです。またこの感覚は根拠のない空想によって生み出されるものではなく、方向性を持つ筋肉の働きによって生み出されているのですから、他と共有したり再現したりできる信頼に足る感覚であるということです。

 この広がり方が、実際の胸腔内の空気の量だけをもとにして感じているなら、この感覚は息をするたびに大きくなったり小さくなったりして、心の広さや深さというようなものの指標にすることはできないのですが、これがイメージから生み出されるものであるからこそ、実量とは無関係に、広がろうとする力が働いている限りそこに広さを感じることができるということです。

 そしてもう一つ、冥想の呼吸についても同じことが言えます。呼吸と共に体感空間が膨らんだり萎んだりしていれば心も頭も安定することはできません。背スジを使わずに横隔膜の動きだけで呼吸すれば心身は安定はします。しかし、それは呼吸の浅い半寝状態であり、深い呼吸の広く深いダイナミックな冥想状態とは程遠い状態です。能動的に呼吸を深くし意識をどこまでも広く拡げるという作業がなくては冥想にはなりません。

 体感空間には体内で感じるものと体外で感じるものがあります。本質は同じものですが、体外に感じる「体外空間」は心の状態を強く反映しているように感じられ、オーラを感じているのと同じように思えます。体内に感じる「体内空間」は他の人と共有しやすい感覚で、呼吸の状態や呼吸筋の使い方などが伝わってくるように感じられます。

 私が生徒の声のレッスンをするときには、生徒の感じている体感空間をまるで見ているような感じで聞いています。生徒が使っている空間、すなわち呼吸の状態や身体の使い方を把握し、使えていない空間に息が入って来るような感じをイメージすることで、必要な身体のフォームや動かし方を生徒にやってもらうことができます。そして、より体感空間の広い、気持ちの良い声が出せるようになります。母音メソッドはこの感覚から生まれてきたものです。 

 このような体感空間というものを駆使し、深い呼吸や良い声を手に入れていただきと思います。

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