呼吸の拮抗が体感空間を生む

呼吸コントロール力

2.呼吸の拮抗

三つの拮抗-体感空間を生むエネルギー

 呼吸という作業のために肺は自らは動かず、身体を動かすための多くの筋肉が呼吸と共用して使われています。そしてそれらは連携し合って一つの動作として行われるようになっています。その中で実際に息と直接的に関わる「四つの働き」を観察して図式的に表現したものが「三つの拮抗」の働きです。

 呼吸の三つの拮抗は、私たちの気持ちよく伸びのびとした呼吸、本来あるべき正しい呼吸には自ずと生じているはずの働きです。

 呼吸をより深くより広く豊かなものに変えていこうとするとき、本当の師は自身の生命だけです。でも生命は「はいこれが答えです」と簡単に教えてくれるわけではありません。試行錯誤し求め続けるとき、少しずつ答えらしいものを提示してくれます。その試行錯誤のために、観察した呼吸をどう変化させていくか、その参考にしてください。

 呼吸が正しく機能しているとき、これらは連携して働きますが、それがどのように行われているか、どのようにそれを取り戻すかの実践方法を提案しています。そして、ここでは呼吸の働きをそれぞれの部位の働き方の方向性として捉えています。

 呼吸は生活や動作によって変化し、多くのパターンがあります。ここでの考察は、私たちが通常の活動をしているときの状態であり、寝ている時や強い運動をしている時などの状態を含んでいません。座禅や瞑想などの呼吸も通常活動の範疇ですが、それは、座禅をしている時のような安定した呼吸状態で生きることを目指しているということでもあります。まずは《三つの拮抗》を生み出す《四つの働き》について。

《四つの働き》

1.肋骨が引き上がり広がる働き

 背スジに力がこもり、肋骨が高く広がって胸腔が広がり、陰圧になり、息が入る。(背スジが緩むと正しく広がらない。)

2.横隔膜が下がる働き

 横隔膜は胸腔と腹腔を分ける隔膜。横隔膜に力が入ると下向きに働き、胸腔が広がって陰圧になり、息が入って来ますが、単純に息を入れるというだけではない多くの機能を持っている。

〇横隔膜の律動が副交感神経叢に与えている影響は大きく、自律神経の安定のために重要な働きをしている。
〇横隔膜は一つの筋肉で出来ているのではなく、胸郭の底を前後左右斜めの全ての方向に引き下げる機能を持っており、常に深い呼吸を保つために、肋骨の働き方に柔軟に対応する機能を備えている。
〇胸骨、肋骨、胸椎だけでなく下部腰椎にも起点があり、活動中はここで横隔膜が正しく働けるための基礎的張力を常時生み出していると考えられる。舞踏でも声楽など多くの芸道や武道でも腰の使い方が大切であるといわれる理由がここにある。
〇横隔膜は声帯の伸展を含む全身の呼吸に関る働きと連携している。

3.下腹・肛門・骨盤底筋群が締まる働き

 内臓を下から上に押し上げる働き。1と2の連携の働きを助けると同時に腹圧をうみだす。

4.体幹を絞って息を吐く働き

 背スジを緩めず(肋骨を下げず)、胸郭の広がる働きを減らさずに吐く。

1(肋骨)と2(横隔膜)はどちらも身体に息を入れる働き。どちらか片方だけの働きで息を吸い入れることができるが、1と2が反対側に働くことで(拮抗し合うことで)胸郭が広がる(体感空間が広がる)。この拮抗を維持することが空間を維持し、呼吸コントロールの源になるエネルギーを生み出す。

3は腹腔内の内臓を下から上に押し上げ、2の横隔膜の下がる働きと押しあうことで腹圧を生み出す。そして腹腔全体を押し上げて息を吐く働きにも関与する。

4(体幹)と3(骨盤底筋群)とは息を吐く働きで、1と2で入った息または入ろうとする息を押し出す働きをする。

 1.2.3で生み出した拮抗をなくさないまま3.4が働き、体感空間を変化させずに呼吸することができ、心や身体の使い方がコントロールされた状態を生み出すことが出来る。
 このとき、体感空間を変化させずに呼吸できるというのは、息を吐いて胸腔の容積が減っても、体感空間は狭くならず、気分は萎まない、ということです。
(この理由についての詳細を「13.体感空間と心の広がり」の項に詳しく記載しています。)

2.3.4.の働きは呼吸とともに律動的な腹圧の増減を生み、腹腔内の内臓の血行を促進する。
(血行は心臓だけの働きで成り立っているのではなく、血管や筋肉が正しく働くことで心臓に過大な負荷を掛けないですむ。血液が心臓に戻るためには、足の働きと腹圧が高いことが必要。)

《呼吸のタイプ》

胸式呼吸 :1で吸いその力を緩めることで吐く呼吸

腹式呼吸A :2で吸い、吐くときにその力を緩める

腹式呼吸B :2で吸い、3や4の働きで吐く

胸腹式呼吸:1.2の働きで息を入れ、1.2.3の働きが拮抗し合ったまま、3.4の働きで吐く。

《 三つの拮抗》を生みだす《四つの働き》

1.2.=空間を広げて息を身体に入れようとする働き。それに対して
4.=息を吐く働き。
3.=吐く・腹圧を高める、そしてそれらの連携を一つの作業としてまとめる働きを持つ。
(動作や呼吸を全身のまとまった一つの働きとして行う、統一体、調和息のために特に重要な働き)

この1~4の4つの働きが有機的に協力し、三つの拮抗がバランスよく働くことで正しく精妙な呼吸を生み出している。それは、息を入れて維持する働き(1.2.3.)と、吐く働き(3.4.)との拮抗

第一の拮抗: 1.←→ 2.の拮抗 ⇒ 体感空間を生む。

第二の拮抗: 2.→← 3.の拮抗 ⇒ 腹圧を生む。

第三の拮抗: 1.2.3.⇔ 3.4.の拮抗 ⇒ 呼吸コントロールを生む。

 この三つの拮抗が同時に連携して働くことで、深く広く力強く、そして精妙な呼吸ができる。 はら丹田たんでん)))をつくるということもこの呼吸があって初めて可能になる。これは、呼吸のれ物になる呼吸の入る枠組みを保つ、すなわち、身構えを生み出し体感空間を広げるということでもある。

 この第二の拮抗で生み出す「腹圧」は、呼吸だけにとどまらず、血液の循環にとっても大切な働きであり、また、副交感神経系の働きを高めるという重要な働きも持っています。これは、肋骨を高く広げるための背骨の働きとともに活性化される交感神経系の働きとのバランスをとり、呼吸が深くなるほどにそのバランスの幅を広げ、自律神経の働きを調えると考えられます。そして、これこそが瞑(冥)想で最高のバランス状態を実現するために呼吸コントロールが不可欠である所以です。

 沖先生は、「肛門を締めよ、肩甲骨を締めよ、吐く息に力をこめよ」と、呼吸の話でもヨガの話でも、肛門という言葉がよく出てきました。私の文章にも肛門という言葉がよく出てくるのは沖先生の影響ですが、沖先生はそれだけ肛門の働きが大切だという認識を持っておられました。私も、体験が増えるほどにその大切さを実感します。

 肛門には、ウンコを止めて置く働き以外にもとても重要な働きがあります。それは、骨盤底筋群と下肢と骨盤をつなぐ筋群を一斉にまとめて働かせる(かなめ)としての働きであり、肋骨を萎めずに吐く働きのための腹腔内部全体の引き上げ(押し上げ)に不可欠な働きでもあります。そして、肋骨と横隔膜の拮抗を引き出し、かつ維持する機能の要でもあります。それらは、呼吸の持っている生まれながらに持つ本来の連携機能ですが、身体中の働きをまとめて一つの働きとする司令塔の役割をしていると考えられます。昔から「ケツの穴を締めてかかれ!」という言葉があるのはこのことによるのでしょう。

 現代は内臓が下垂している人がとても多く、ーこれは、食べすぎ、便秘、滞留便、陰性食過剰、気分の消沈、などなど、多くの原因が相関して起こっていると考えられますがー、老いも若いも、多くの人の肋骨が下がって高くする働きが衰えているところはほぼ共通と考えられます。

 肋骨を下げて上から内臓を押さえつけているのか、それとも内臓の重さを引き上げたり押し上げたりしておく働きがなくなるのか、どちらが先であれ、肋骨が下がってくると、腹腔内の内臓はいつも下向きに圧迫され、そこに息を入れることでますます圧迫が強くなります。いつも押さえつけられたままでは内臓の血行は良くないことでしょう。

 筋肉は力が入ったり休んだり、リズミカルに働くと疲れずに使えますが、自ら収縮と緩みというリズムを生み出せないところは、外からの圧迫と解放が血行を促します。リズミカルな呼吸による横隔膜の上下とそれに対する骨盤底筋群などとの拮抗で生じる第2の拮抗による腹圧の上下は、脱肛を防ぎながら内臓の血行を促進します。三つの拮抗が正常に機能しているということは、体中の多くの機能が正しく働いているということであり、朝から晩まで一日中、深い呼吸と良好な血行、そしてバランスよく自律神経が働いているということです。

 肋骨が下がった状態での呼吸は拮抗を生み出さない浅い呼吸ですから、たくさんの酸素を取り入れられないばかりか、呼吸の働きが退化し、内臓の血行はますます悪くなり、その上に自律神経の働きが衰えるために、あらゆる病気を呼び寄せることになります。これを回避するには、まずは背スジと肋骨の使い方を変えるところから始めて呼吸の形を変えるしかありません。

 さて、背スジを伸ばして肋骨が高く拡がり、肩甲骨が締まり、横隔膜の働きを高め、胸圧をなくして腹圧を高める、それらを実現して楽で気持ちの良い状態になりましょう、とお話していますが、楽になるとは?気持ちがいいとは? その元に何があるのでしょうか。それらの感覚を生み出す働きはどこからやってくるのでしょうか。楽というのは負荷を減らし力を使わないことでしょうか、いや、そんなことはないと生命は答えるでしょう。負荷があろうがなかろうが、負荷が大きくても小さくても、どんなことであれ、それを最高に気分の良い状態で行うことが楽ということに違いありません。

 楽とは、心が嫌がっていない状態であり、血行が満遍なく全身に廻り、酸素も十分にめぐり、栄養物は十分に身体に配られ、不要なものは速やかに排出され、自律神経のバランスがとれ、生理的にも力学的に無理がかかっていない、という状態であるはずです。それは気分のいい状態、じっとしていればそれなりに、動けばそれに応じ、激しく活動すればそれに合わせて心身の無理が生じず、気分のいい状態であるはずです。

 これらのことは、本質的にはたった一つの状態の表れといえます。それは生命が求めているバランス状態、統一状態、そして生命自身が求めている悦びの状態のことです。結果として報酬系の神経回路やホルモンが働く状態でもあります。生命が思考や行動の指針として与えてくれていることでもあります。

 生命が喜んでこそ、夢、挑戦、愛、憧れ、成功、達成、共感などのより高く深い悦びにつながる行動を生み出すことができます。まずは自分の行動が、心や身体が、少なくともここで話しているような呼吸の状態にならないかぎり、その心底からの悦びも生じてこないことでしょう。どうにかして、何としてでも、楽で悦びにあふれた人生を送ろうではありませんか。

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