あくびは神様のくれた修正法

呼吸コントロール力

4.欠伸(あくび)

呼吸の修正回復運動

 良い呼吸の状態は生命の働きに沿っており、また意識的な呼吸コントロールが働いている状態でもありますが、それは身体や心の働きが正しく機能しているベースの上に成り立っています。心身コントロールに不可欠な「呼吸の拮抗」の働きは本来的能力の一つであり、あたり前にできる人もいますが、様々な理由で多くの人が忘れ、また歳と共に失って生活をしています。。声・歌・ヨガ、そして呼吸の観点から私はそれを求めていますが、すべてのジャンルにおいて道を求める人たちの大きな課題です。

 踊りやスポーツ、芸道でも、より質の高い充実の人生にも、呼吸という切り口で見る共通の原則がありますが、知識、経済、地位、およそ考えられる全ての外的条件を満しても、呼吸というただ一つの言葉で表される心身の使い方を満さなければ、結局のところ充実という果実の何ひとつも得ることはできません。もちろん、大切な言葉は呼吸だけではありませんが、生きて行動し思考するすべてについて、自分を牽引している働きですから、どんなに精進したとしても結果としてより正しく働く呼吸を獲得できていないなら、何も変えることができなかったということです。それぞれの道で自己を研鑽すると共に呼吸についても研究することで、求める世界が開きやすくなるはずです。

 それは、背スジがスックと伸び、その分肋骨が高く広がり、それに拮抗して横隔膜が下がり、肛門や骨盤底筋が締まり、腹圧を維持し、呼吸が深く快い。楽だけれど安定感や充実感のある状態が維持できる。その分外的条件に支配されない、安定や充実の喜びを感じれるようになる、ということです。

系統発生から観る呼吸

 解剖学者の三木成夫さん(1925 – 1987)は「ヒトのからだ―生物史的考察」という著書で、呼吸のための筋肉のことを系統発生の観点から分かりやすく解説しています。そこには、魚の鰓(えら)の筋肉が進化してカエルの喉の袋になり、哺乳類では喉辺りの首の壁の筋肉や横隔膜に変化してきたと書かれています。

 喉の筋肉群と横隔膜とは発生学的には同じところから生じた兄弟関係にあり、連携・連動して働くことが本来当たり前だということです。でも哺乳類、特に人間はそれらをバラバラに使うことが出来る機能も持つため、生活習慣によっては本来の連携した呼吸の働きを忘れてしまうことが多くなったと私は考えています。

 発声法を習うと、喉を開けて横隔膜を下げなさいと言われますが、この二つの動作は本来連携した働きだということです。この呼吸の連携の問題は、発声法に限らず生きること全ての根幹に関わる重要な課題の一つです。

 連携した正しい呼吸の体得にはまず、“スックと伸びてドンと安心”している姿勢が気持ちよく、そうしていなければ気持ち悪いというところまで、自分の当たり前になるように練習をすることが必要です。ですが、生まれながらに連動しているのが本来の働きであるというなら、ただがむしゃらに練習するのではなく、思い出すというところにシフトして養う必要があるでしょう。そこで、それを思い出すための私たちに備わっている大切な機能についての話です。

欠伸(あくび)は呼吸修正法

 読んで字の通り、退屈したり、疲れたりして背スジが緩んで伸びが欠如してくると欠伸が出ます。これは身体や心を伸ばすために生命が起す自動修正回復運動です。

 朝目覚めて伸びや大きな欠伸をすることがあります。 寝ている間は使わないでいた背スジの働きを使う呼吸のバージョンに切り替え、胸郭を広げて活動に必要な大量の酸素を取り込むための準備をしています。
 「つまんないな〜」と退屈してじっとしていると背スジが緩んできて呼吸が浅くなります。これは自律神経の働きにとっても酸素供給の面でも困った状況なので、生命が欠伸の指令を出して問題を解決しようとします。
 緊張が続いて浅い呼吸が続いた後、ホッと出来る状況になるとやはり欠伸が出てきます。

 このように見ていくと、欠伸は、背スジを使って肋骨を引き上げ、それに対して横隔膜が下がって拮抗するという呼吸のパターンを生み出す、または思い出す働き、生命自身がイノチを守るために行う修正法とわかります。

 Wikipediaでは、この反射運動がどんな意味を持つのかまだよくわかっていないと書かれていましたが、浅くなった呼吸を深い呼吸に戻すために、必要あって生命がやっていることの一つに間違いありません。呼吸も発声もとても複雑な機構ですが、三木成夫さんの言うように発生学的に観れば、呼吸するという動作がシンプルな作業であった時代の働きが現在にまで踏襲されているのでしょう。この観点からなら、なぜ喉と横隔膜とが連動して働くメカニズムがあるのかということがわかります。

 発声法を習い始めたころ、よい声を出すために、どうして複雑な身体の使い方を要求されるのかと、不思議に思っていた私でしたが、複雑に見えるその機構は、伸びのびとした良い声が出るための当たり前の働きであり、生まれながらに与えられている働きだと後年納得できたことでした。このような働きが機能する、つまり肋骨と横隔膜が拮抗して深い呼吸を生み出し自律神経のバランスが調うことで、良い呼吸の状態が維持され、心が安定し、良い声が出ている、ということの方が本来の状態だったということです。
 

 哺乳類の呼吸機構を持つ人間が、動物としてはアブノーマルな生活をするということが、私たち本来の精妙な呼吸の連携を脆くしています。でも、人間よりもずっと自然性の高い犬や猫、野生のライオンも欠伸をして、呼吸のシフトアップ作業をしているのですから、人間があくびの機能を失わずにいることは大きな救いの一つであると思います。

 欠伸が重要なものであるということはこのような意味を把握する前から感じていたので、ポーズや呼吸法に取り入れていました。若い頃、眠る前には必ず数時間座っていましたが、瞑想の状態に入る前に、身体を揺すったり呼吸法をしたり、また、欠伸を出し続けるということをよくやりました。意識的に30分くらい欠伸を出し続けるのです。
 ティシューを目の前においてアクビの度に出てくる涙を拭き鼻をかみながら座るうちに、呼吸が深くなり神経が緩んで気分が良くなり、よい瞑想の導入になりました。

 欠伸は、深い呼吸を維持するための多くの働きの連携を取り戻すために生命がやっている呼吸法ですから、いくらでもやって連携の運動神経をもっともっと強めるといいのです。

声と欠伸(あくび)

 声が楽に響いて気持ちよく出るためには、背スジや首回りと横隔膜が連携して呼吸の枠組みを作ると同時に、気道が広がり声帯が伸ばされていることが必要です。また、発声法を学ぶと、多くの先生が「あくびのように声を出しなさい」といいます。

 私の場合は、十代のときに発声法を教わり、口の形、喉の奥の形を言われるままに一生懸命に練習しましたが、やればやるほど声が出にくくなりました。そこに肋骨・横隔膜・骨盤底筋群で生み出す拮抗が連動し、全身がそれに協力していれば、求める声楽的な声が出てきたことでしょう。その全身というのは心の働きから生じるものも含めてのことですが、残念なことに身体も心もそのような使い方ができず、それ以降もどの歌の先生も本来の正しい身体の使い方について教えてはくれませんでした。もちろんそれは意地悪で教えないのではなく、怠惰で投げやりだからでもありません。私の呼吸力がひ弱で、「三つの拮抗」を体得できない状態であったこと、そして先生自身はその呼吸力を持っていたかもしれないけれど、そのメカニズムについての把握が足らず、私の呼吸力を誘導できなかったからです。このような先生と生徒のやりとりはきっと多くあることでしょう。

 さてそれでは、欠伸を自分の意志で出しやすくし、その連携を強め神経回路に叩き込むために、意識的に欠伸を出しやすくする方法を紹介します。繰り返しやってみましょう。

あくび行法

  まず長座で浅く壁にもたれます。

 お尻を少し前に出し、腰を落とし、頸の後ろを上に伸ばして(うなづ)く(うなづく=(うなじ)を突く)、口を少し尖らすか、またはスイッタリー呼吸のように舌をストローのように丸めて口から突き出してゆっくりと息を吸う。下腹を引いて腰の後ろに十分息を入れ、頸の後ろ(うなじ)を上に伸ばして背中から後頭部まで 十分に息を入れ、もっと息を入れようとしながら、欠伸が出る~でる~とイメージを持つと、これで大抵欠伸が出てきます。喉を奥に広げたり口を大きく開けたり、工夫をして、自由に欠伸が出るようになったら、背中をもたれずに欠伸を続け、時間のある限り何度でも続けてください。首の壁になっている多くの筋肉が働き、声帯の伸展と横隔膜との連動の回路も同時に養われ、深く柔らかい声が出るためのいわゆる「喉が開(あ)く」呼吸の状態が生まれやすくなります。

  車の座席で首や頭をヘッドレストにそわせ、下腹を軽く引く気持ちで同じように息を吸い入れても欠伸が出やすくなり、運転中眠い時に何度か繰り返すと覚醒しやすくなります。

 拙著ナチュラル ヴォイス ヨガでも、「あくびクムバク」という方法を書いていますが、この働きを身につけ、欠伸をしないでも常に連携出来るようになるまで練習します。

 動物の呼吸は哺乳類に進化するときにとても複雑なシステムを持つようになったのだと思います。そして人間は立つことによってもっと複雑になり、その上に呼吸のシステムを分割して部分的に使うことができるという、元々は与えられていなかったはずの能力を獲得してしまいました。それは話し声というきっと自然の当初の計画にはなかった働きです。複雑になったからこそ分割可能なシステムができてしまったのだと思いますが、それは言葉という人間を人間たらしめた特別な能力を持つことで生じた負の能力であると考えられます。言葉が声を使い、声が呼吸を使わなければ出せないものだからこそ、このように異常な事態が生じたということです。そして文化の発達と共に本来的な使い方が減り、生命から見れば間違った呼吸の使い方が文化として定着しています。これが言葉を話すための声です。犬や狼の遠吠えの声、歌う声、感情を抑えず表出した声、それらの声は知らずしらず全身の働きが連携した声になりますが、そのような原始的な働きを要求されない、頭の中で組み立てられた言葉を表現するための声ばかりを使う生活は、多くの人から本来の連携を忘れさせてしまいました。現代の自律神経に関わる問題、免疫系に関わる問題、確たる証拠はありませんが、これらの問題と呼吸の状態とは深く関わっていると私は思います。そして連携を忘れたその頭でっかちは、いわゆる肚(はら)を使うことなく、体験によらない、すなわち事実に基礎をおかない他からの情報を基に推論し組み立てを行うために、しばしば間違った結論を導き出してしまいます。多くの人たちがそういう作業を繰り返すことで結論めいた誤った情報が増えるばかりです。

 きっと、五千年も前にすでにその傾向があったからこそヨガというものが生まれたのでしょう。現代はそれを増々必要としているはずなのに、その人間として当たり前に生きるための情報は膨大なNetや電波にかき消されようとしています。

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