呼吸力が本来持つ喜びを引き出す

呼吸コントロール力

本来の呼吸-喜びと感知力を生む呼吸力

 お話ししている「体感空間」や「呼吸の拮抗」などは私の発明でも特許でもありません。言葉になっていなかったとしても、身体で体得した人はみな感じて分かっていることですし、もっと遡れば、誰にも元々与えられている働きであり、今は少なくなった原始生活者には当たり前のことです。

 その気づきは、あるとき、感覚的にフッと与えられたものです。この呼吸コントロールのメカニズムも、そのような分かり方でしたが、体感し、直感したことが明確な把握になるには時間がかかり、言葉にするにはまた時間とエネルギーが必要です。分かったことを自分に落とし込んで当たり前に出来るようにし、その身体と心と呼吸の状態を四六時中観察し、それを言葉にするためのもう一皮めくった気づきが必要です。そう考えればつじつまが合うのか!こう表現すれば理解しやすいのか!と毎日々々言葉と格闘する、小説家とは違う生みの苦しみと楽しみを毎日味わっています。

生きがい・喜び

 世の中では、あまりにも多くの人たちが不要な病や悩みに人生の喜びを奪われて生きています。食い改め、身体を拝み心を拝み、生命と向き合う知恵や教えが多くあるのにそれらは日の目を見ません。目を塞ぐのか、排除しているのか、多くの人が、自ら体験体得しなければわからないことは門前払いにします。まずは自分の頭で考え、試してみるというプロセスがなければ真実の入り口にすら到達できないというのに。

 どんな切り口を用意すればいいのか、それは人によって様々でしょうが、私は私の切り口の気づきを表現するしかありません。その切り口から出てくる情報の一部であっても、読んだ人の1%であっても、役に立つ人がいてほしいと思います。

 生きがいや生きる喜びを生み出す働き、そして感じ取る感知力の働きは、呼吸力からやってくる。

 私たちの誰もが自分らしい才能を発揮して生きれるはずだし、素晴らしい声を出す能力を与えられていて誰もが喜ぶ歌を歌えるはずです。しかし、多くの方がその能力を十分に生かしていないし、かく言う私もまだまだは生かせていません。そのような能力は特別なものであって誰もが得られるものではない、と世の中では思われています。

 健康に生きる働きも本来誰にも与えられているのに、多くの人にとってそれは実現されていません。病人や半病人が増え、病気状態の中で多くの人が亡くなります。この人類の不幸は生命や病気のとらえ方の根本の誤りから生じていると思います。それは、病気は悪いものであり退治すべき忌まわしいものであると考えることです。そのため多くの人が、体や心を元に戻そうとする生命の働きを無視し、症状や新成物を取り去ることが治療であるかのように思い込んでいます。これが健康な心身を養うことを妨げていますが、このような誤解は多岐にわたります。

 能力の開発ということもよく言われることですが、試合に勝てるように筋力を強くするとか、推理や計算の能力、音楽なら演奏能力を高めるなどなど、人間の色々な能力は育て方によって驚く程に高めることができます。そして一部の人ですが、その能力開発を幼児の時から始め、十代のうちにこれまでの常識では考えられないような超人的な能力を発揮する人たちが増えてきています。これらのことはきっと、人間の本来の姿の一面を垣間見させてくれているのでしょうが、多くの人がその能力の高さだけをもてはやし、競争心を煽り、まるでコロッセウムの観客と同じような感覚でいるように思えます。能力の高さは競うためにあるのではなく、また、金を得たり他を支配するためでもなく、人間を含む全ての存在そのものを喜び慈しむことに生かされなければ意味がありません。

 生命が本来持つ力を発揮することが人間の本来の要求であり、それが十分に発揮された時に生命が輝き喜びに満たされる。そのように生まれついているのに、現在の社会では、自身の裡なる能力を活かして生命を完全燃焼させることよりも、外に見える能力に価値を置く生き方が優先され、幼児のうちから生命の不完全燃焼が心と身体をくすぶらせ、多くの不純なものを溜めながら成長するというパターンになりやすいのです。そうなる原因そのものを把握し、なくすべきですが、多くの場合、心や身体の病みよう、社会の病みようの現れた結果ばかりを問題にして、その根本の原因には手が付けられません。

 人間は一人一人誰もが恵まれた存在として生まれているのに、自らそれを貶めて生きてはいないでしょうか。多くの賢者がそのことを伝えているけれど、私たちはすぐに目先の欲望、目先の得、目先の満足に心を向けてしまいます。本当のところ、自分の世界は自分が作っていて、自分が主役であり、自分の望みどおりに生きることができるはずなのに、理に適わない欲を持つために、満たされないとか求めても追ってもすがっても与えられない、ということになります。

 目先で与えられないからと遠くに求めてもやはり同じことでしょう。しかし、それは意外に近くに、いや今自分のいるところがすでにそこなのだけれど、それが信じられないからか、それとも、それではなくてあれだと思うからなのか、満たされているという実感に満たされて生きる人は少ないようです。

 深い喜びに満たされた生き方や生活を手にしている人たちとそうでない人たちとは何が違うのでしょう。当然、生き方に対する考え方や感じ方に何かしら違いがあるから、彼らは多くの人たちとは違うものを手に入れています。でもそれは、何か物を手に入れたからではなくノウハウを手に入れたからでもありません。もしそれらが目に見えて買えたり奪うことができるものなら、多くの人達が、とくに金持ちたちが見逃すはずがありません。でもいくら金を持っていてもそれを手に入れるのは貧しい人が得るよりももっと難しいようです。

 実際、多くの賢者が説く内容は大方の人にとって別世界の夢物語のように見えるのかもしれません。でも、もしどのようにそれを得るのかがわからないとしても、得た人はどのような状態になっているのかを考えてみることはできるでしょう。

 私の考えですが、ここで話しているような意味での生きる喜びを自ら生み出している成功者(社会的成功者ではありません)はみな、深く柔らかく精妙な呼吸を自分のものにしていることでしょう。そして呼吸がコントロールされることで心の動きもコントロールされているはずです。そして、深い呼吸が自律神経のバランスを取り、脳波が安定し、心が乱れず安定し、感じる働きが高まって自分自身を見つめることができ、自分の世界は自分が作っているということを実感として自覚することができていることでしょう。その自覚の元にあるのは偏に呼吸であり、呼吸力・呼吸のバランス力・呼吸のあり方が、生きる喜びを謳歌するという与えられた能力を十分に発揮させていることでしょう。

 呼吸が調い、心や頭が緊張から解放されない限りこのような喜びを感じ取ることはないことでしょう。

 良い呼吸は、生理的に見れば、自律神経の安定、活発な代謝を生みだす働き、心理的に見ればゆったりとした気分、力強い行動、積極的な意思などを引き出す働きであり、これが生命力を鼓舞させます。しかし、多くの人が焦りや不安に支配されていて、その原因が自分に良い呼吸をさせることができないからだと気付いていません。これこそが大問題です。

 声だけでなく、対人関係も健康も生き甲斐も、すべて呼吸を基本に成り立っています。文化生活を得たことが良い呼吸を失わせたと考えるのではなく、その文化の中で本来の働きを取り戻し、良い呼吸を身につけて良い人生を歩んでいきたいものです。

クムバク

 「三つの拮抗」の均衡がとれている状態では息の出入りがなく、クムバクをしている状態になっています。この時に声を出せば吐く側の働きが少し強くなっているし、それをやめれば息が入ってきます。

 クムバクという言葉そのものは息を止めることを指していますが、それは息を詰めた状態ではなく、息を吸いもしないし吐きもしない状態のことです。もう一歩話を進めるなら、息を吸う働きと吐く働きとの拮抗力が全く同じになっている状態です。その均衡を保ったままの呼吸がコントロールされた呼吸であり、生活や仕事の中でいつも呼吸がコントロールされていることを「クムバク(りょく)の高い状態」と表現しています。

 全身がいかにこの三つの拮抗の働きに協力できるようになるかということが、ヨガの呼吸法だけでなく、体位法(ポーズ)や瞑想法を実習するうえでの大切なところです。 

 ヨガのポ-ズもただ柔軟性や強さ、デトックス効果を求めるだけでなく、呼吸のコントロールに焦点を合わせて実践すれば、ヨガ本来の意味が生かされ、真に生命の喜ぶ生活へのステップになることでしょう。

 「呼吸の拮抗」は是非手に入れるべき働きですが、これを手に入れて養うことそのものが目的ではありません。拮抗の理論はあくまでも図式的に捉えた呼吸の姿であって、生きた体の中ではもっと複雑に有機的な協力や拮抗の働きが生じているはずです。それらを漢字を習うように一つ一つ身体に覚えさせようというのではなく、私たちが間違った生活で失っているところを補い、本来の呼吸の在り方に協力し、正しい呼吸の働きを思い出すための呼び水になるようにしたいのです。

 毎日呼吸をして生きているのですから、朝から晩まで生命の働きに適う呼吸ができるように心身を養うことが真の呼吸法であると思います。

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