2013.04.10
昨日のブログで、ゲルハルト・ヒュッシュの名前が出てきて思い出したことがあります。
ヒュッシュはドイツのバリトン歌手で1984年に83歳で亡くなっていますが、日本ではとても有名で戦後はときどき来日していたようです。
私が手に入れたヒュッシュのレコード(冬の旅)は年齢のせいかとても重たい声でした。日本人にはそれもワビサビ的な良さとして評価されていたのではないかと思いますが、ドイツでは日本ほどには評価をされていなかったようで、晩年は不遇の生活を強いられていたようです。
畑中良輔さんが日本のドイツリートファンに向けてそのことを新聞で知らせ、募金を募っていたことが思い出されます。(畑中良輔さんは2012年に90歳で亡くなったバリトン歌手で評論家としても活躍された方でした。)
私がまだ30代のときですが、沖先生はよく海外に出かけてセミナーをされていました。ヨーロッパでのセミナーのときにゲルハルト・ヒュッシュの息子さんが参加をされ、知り合われたようで、日本に帰ってこられてから、「木村、ドイツに行って歌の勉強をして来い」といわれました。もちろんそれは、ただゲルハルト・ヒュッシュについて勉強してこいというだけではなく、沖ヨガを伝え広める拠点づくりをして来いということでした。
とても行きたいとは思ったのですが、4人の子供がまだ小さく、思い切れず、「ハイ」とだけのあいまいな返事をしたまま、そのままになってしましました。
同じ調子で、「イタリアに行って来い」と言われたこともありましたが、これもあいまいな「ハイ」のまま、いまだに心のどこかに喉の魚の骨のように引っかかっています。
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