呼吸コントロール力2

母音について ー 母音はどのように作られるか

 本来、声は身体や心の状態、そして感情や意思をそのまま他に伝える手段であったはずですが、それを言葉に置き換えて表現するようになった人間にとっては、声を記号的に使うことが多くなり、現在では、そちらの役割の方が多くなっています。言葉でも歌でも、原始的な生活をしていた人類は 野生動物と同じように全身を使った声で表現していたに違いありません。しかし現代人にあっては、声に限らず生活するうえで全身の働きを使わない、または使えない人達が多くなっています。

母音と呼吸

 声の元は呼吸のエネルギーです。身体の使い方、心の状態、感情の動き、それらの呼吸の形のエネルギーが声になった時、それに応じた母音の働きが生み出されます。この変化のパターンが文化的発達と共に記号化されて現代の言葉になっていると考えられます。ですから私たちの声による言葉は、文字のような記号の働きと、呼吸の状態を伝える感情表現の働きの両方を持っています。

 また言葉は子音と母音から成り立っていますが、子音は舌や喉などの声帯を出た後の息の出口近くで作られます。それに対して母音は声帯の形状や緊張度、そして全身的な 発声器官の使い方によって音の違いを生み出しています。そのため、母音によって声の出方の方向性や広がり方が変わります。本来この違いは、身体と心の全身的変化に伴う 呼吸器全体の使い方の変化から生まれているものです。そしてこれは生理学の書物に書かれている見解とは少々違いがあるかもしれませんが、声の側から見る呼吸器全体とは、体感空間を変化させる部位すべてであり、肛門に始まり、横隔膜、肋骨、喉頭部、咽頭部、口腔部、鼻腔部、また、身体の壁を形作る体幹や首の壁の筋肉、そして顔面や  頭皮に至るまですべてが協力し一つの働きとしての一つの体感空間の形を生み出し、それに応じた声や母音を発しています。座ったり立ったりして体を起こしている時には、足も呼吸のために使われます。

母音の生み出し方

 横隔膜が押し上げられて息が出て、それに対して声帯が閉じたり開いたり縮んだり伸びたり、そんなやり取りは傍観的な観察者の目に映るまたは頭で構築される虚像でしかありません。一つの思いが一つの形を呼吸器全体で形作る、というような全身的な作業で声が出ていることが本来の姿です。ここで「本来」と断ったのは、そこまで全身を使わなくても声は出せるし母音を形作ることもできるからです。

 声が全人的な表現媒体として出されるときは、先に話ししたようなプロセスで母音が生まれますが、この母音の変化は、声の出口あたり、すなわち声帯と息の通っている空間の変化だけでも作ることが出来てしまいます。

 全身的な呼吸の変化が声に反映する場合は感情による呼吸器の変化までもが母音の生成に関わっているのに対し、それらとは無関係に喉先や口先の変化で声の変化、母音の変化を生み出すことができるということです。そのような声や母音であっても記号的言葉としての用は足りるし、ある意味感情の変化を表現しないことは事務的には便利なことかもしれません。

 このように、母音のいい分けは全身を使って出すことが本来ですが、口先や喉先だけでも出すことができるということです。声の使い分けを口先だけでできるのは人間だけの特技かもしれませんが、このような生命本来の営みから遊離した言葉の在り方の上に現代の文化や生活が成り立っているということが、心身の健康を含む生きる本質を見失いやすくさせているように思います。口先喉先の声は呼吸が浅く、いわば小手先の呼吸で声を出しているということです。これは声の持つ機能の劣化や言葉や歌の持つ芸術的価値の低下をもたらしますが、声という枠を超えて観ればそれだけの問題で済むものではなく、生きる質全体に関わる由々しき問題であるということ、それはヨガが問題にしている生命の本質に関わることだということを考える必要があります。

 生命は、色々な機能を持つ部品や食べ物や呼吸のエネルギーで動く機械のような存在ではありません。まず生命があり、その生命が物質を集めて機能を生み出し、生命自身を維持しています。腹が減るから食べているように思いますが、生命が腹を減らせて食事をするようにしむけているのです。その生命の働きの観点に立てば、身体も呼吸も生命そのものです。それは、生命の働きをみたときの切り口の一つが身体であったり心であったり呼吸であったりするということでもあります。しかし現代の医療や先端の科学などで分析的にとらえるほどに、起こっている現象を部分的な機能や変化と捉えてしまいやすく、そこから生まれる方法論は木を見て山を見ずに陥りやすのです。

言葉・母音

 ちょっと脱線しましたが、声が呼吸を使っているというよりも声は呼吸そのものであり、生命の表れそのものです。その呼吸が全身でなされているか口先でなされているかということは、健康や生きがいにとってとても重要なポイントです。 

 深く温かい呼吸から生まれる深く温かい声、それらは聞く人に心地よく響きますが、小手先の浅い呼吸から生まれる声はうるさく心地よくありません。最近はそのような声が溢れていて、テレビやラジオを制作する人達までもがそのような声をうるさいと感じる感性が失われてきているのでしょう、多くの 番組から美しくない無神経な「がなり声」が流れ続けていると感じます。私たちが本来的に持つ深く暖かで豊かな呼吸の声がなぜ失われてきているのでしょう。それはきっと、現代人の呼吸が浅くなってきているからでしょう。生活様式が変化し、文化的で不自然な生活パターンがもたらす肉体的精神的不調和がその大きな要因になっていると考えられますが、もう一つ、大きな原因が考えられます。それは先に述べた「言葉の使用」によるものです。

 言葉の記号的要素は呼吸そのものを伝える必要がなく、全身的でない感情を伴わない呼吸から生まれる言葉であっても表現できてしまいます。そんな言葉の使い方が常時なされることで、生まれながらに与えられている発声器官の 健全さが失われ、美しく深く豊かな声が世の中から少なくなってきているように思います。

母音の働き

 本来、声は身体の使い方が反映した呼吸によって生み出され、その呼吸の在り方が母音を生み出しています。

 身体の前側が伸びると、呼吸も前側に多く入り、後側が伸びると後側に多く入ります。この筋肉の使い方によって母音の働きが変化するのですが、この変化は呼吸が生む体感空間の状態としても感じられます。前の体感空間が広がると「あ」の傾向、後ろの体感空間が広がると「お」の傾向の強い母音になりますが、横に広がったり上下・前後に広がることで「え」「う」「い」などのそれぞれに違った母音の傾向が生まれます。また、それらの複合した呼吸の広がりから生まれる体感空間からは複合した母音の傾向を内包する声が生まれます。

 この空間の広がりの偏りを減らしていくと母音の特徴が減り、「あいまいな母音」になります。全方向に呼吸を拡げ、広がった体感空間から声を生み出せばその声は母音の特徴のない声になるということです。逆に見ると、全方向に広がった体感空間を偏らせることで母音が生まれるとも考えられます。「母音の働き」が持つこの体感空間の偏りは本来、呼吸器全て、実際に空気の入る胸部だけではなく、全身が協力して生み出しているものです。肋骨や横隔膜、それらを動かすための多くの筋肉、そして首や喉、声帯まで含めた全呼吸器を使うことが本来であり、健全な身体はそのように働いています。ところが、喉先口先と話している声は、首やその上の筋肉群だけで作る空間の歪みで母音の変化を生み出すという浅い呼吸の声になっています。これは決して健全な身体の使い方とは言えません。病的な状態とまではいえなくても、現代はそれが異常な状態、不健全な身体の使い方であるという感覚や認識までもがなくなってきています。これが声や身体の働きを低下させてしまい、回復しにくくしている大きな落とし穴になっています。

 全身で生み出すべき声や母音を喉や口先で作り、感情表出をせず、声の記号的働きを強調する。言葉を変えれば深い呼吸をせず、浅い呼吸の浅い声を使ったコミュニケーションの時間の多い生活をしているということです。その結果は、深い呼吸の言葉、全身を使う豊かな声が世の中から減り続け、その分健康や生きる喜びが減った生活を余儀なくされているという悲惨な状態を招いているのです。

 声の働きの概略をお話してきましたが、次に、声というものに関心を持ち、良い声を求めて心に身体に課題を持った方が、どのように実践すればよいのかを考えていきます。

体感空間-声を変える

 さて、より伸びやかで温かい声を出したいと考え、どこに焦点をあてればよいのかと考えるとき、まずは自分の声にどのような働きが足りないのかというところの気づきが必要です。その良くないところというのは、満遍なく広がるべき体感空間の一部がうまく広がらないことによって生じています。体感空間が広がるということは、呼吸器官すべて、すなわち一般的には呼吸器官に含めない声帯や喉の上部まですべてが一つになって本来在るべき使い方にうまく収まっているということです。この使い方を身につけて初めて、声がどのように響くのが良いのかという課題に向かうことができます。歌い手も俳優もまずは声帯まで包含した呼吸器官が本来あるべき働き方をするようになることが課題です。もちろんこれはプロだけの問題ではありません。生まれながらに与えられている機能を活かすということですから、生きとし生ける人間、全ての人の課題です。

 満遍なく広がった上に特定の方向への広がりが母音の働きを生みます。全体的には常に伸びやかに広がろうとしている中での偏りが良い母音の働きということです。意識も呼吸も体感空間も、常に伸びやかに広がろうとする働きが声の出方も広げます。母音の働きの持つ偏りをなくすように体感空間を変化させていくと母音の特徴が減って曖昧な母音になっていきます。どの母音でやっても同じで、曖昧にするほど体感空間の在り方が近づき、声も似かよってきます。この曖昧な働き方を使うことで、特定の狭さ、すなわち萎みの生じている良くない働き方を改善していくことができます。

母音メソッド-声を変える

 「あー」の声をもっといい声にしたいと思う時、その人にとっての「あ」という思いが伸びやかで豊かな広がりを持っているなら、もっと「あ」の思いを強めることでより良い「あ」になります。しかしうまくいっていない人の場合は、「あ」と思うことで そこに必要な体感空間を生み出せずにいるのですから、「あ」と思えば思うほどに不要な偏りを増やし伸びやかさがなくなります。そこでやるべきは、「あ」の思いを強めるのではなく、反対に曖昧な母音に近づける方が狭さや偏りから抜け出しやすくなります。結果として「アの働き」が良くなるということです。まずは曖昧な母音の声を出し、そこでより良い響きの声を見つけることができれば、今まで出していた声よりもずっと広がったよく響く声が出てきます。良い指導者がいればより早くそれを見つけることができるでしょう。そこが出発点で、その良い響きのところから必要な母音らしさを養っていくのです。

 これでお分かりと思いますが、母音メソッドをやるときに、そこで名前のついたその母音でやるよりも、まずは曖昧な母音でやる方が効果的です。

 母音メソッドを実践するための方法として、拙著には「アの母音メソッド」のときに「あ〜〜〜」の声を出すと書いています。これは間違いではありませんが、このやり方だけでは母音メソッドで体感空間を広げていこうとする作業がうまくいかない人がおられます。このことに気づいてからは、「アの働き」と「あ」の声とは違うものであるとセミナーでもレッスンでもずっと言い続けています。

次の記事
体感空間と心の広がり

体感空間 心の広がり ー 息を吐いても萎まない前のページ

呼吸の型と腹圧 ー スックと伸びてドンと安心次のページお腹が動けば腹式呼吸か

関連記事

  1. 呼吸コントロール力2

    世の中の当たり前 ー 問題のない方が特別?

     「当たり前でいいんだよ」と言う人がいます。「自然食がどうした、特別…

  2. 呼吸コントロール力2

    体感空間 心の広がり ー 息を吐いても萎まない

      これまでも「体感空間」、「呼吸」という言葉が何度も出て来ています…

  3. 呼吸コントロール力2

    体感空間の持つ意味 ー 心身息声をつなぐ橋

     このところ出かけるレッスンが減りましたが、声を使うレッスンは難しい…

  4. 呼吸コントロール力2

    心と身体で取組む ー 心で心は制御できない

     体感空間は身体の感覚としての面を多く説明してきていますが、心の感覚…

  5. 呼吸コントロール力2

    呼吸と体感空間 ー 拮抗が生み出す広い世界

     満ち足りて豊かな気分で生きているとき、誰もが体感空間が大きく広がる…

  6. 呼吸コントロール力2

    意識化する ー 癖を克服する

    動作を意識化する 母音メソッド形は簡単、されど・・・…

コメント

  1. この記事へのコメントはありません。

  1. この記事へのトラックバックはありません。

最近の記事

  1. shuhei Blog

    訓練のコツ
  2. shuhei Blog

    なんば歩き
  3. shuhei Blog

    思いのまんま
  4. 沖ヨガ

    沖ヨガ_6 誓いの言葉
  5. saika Blog

    消費税値上反対!!!
PAGE TOP