呼吸コントロール力

9.クムバク力(りょく)

呼吸力を手に入れる

ヨガの呼吸法に 《 クムバク 》 という作法があります。
 《クムバク》は息を止めるということですが、ただ息を止めても酸素不足になるだけでなんの意味もありません。しかし、正しくクムバクをすると自律神経が調い、体中に酸素を行きわたらせるだけでなく、心を落ち着かせ、意識を拡げ、丹田力を養い、集中力、統一力を高めます。
 私たちの日常の生活の中でも、こらえる時、集中する一瞬、息を止めていることがあります。また、深く静かに(おもんばか)るときにも息を止めていることがあります。この息の止め方(クムバク)をしている時には重心を下げ、気を下げ、集中力を高め、うわついた心を引き下ろしてより安定した状態になっています。
 もちろん、気は下がるだけでなく上がる気も大切で、バランスがとれているのが正しいクムバクの状態です。

 この働きを意識的に高め、またいつでも使えるようにすることで、身体の力を一つにまとめて使えるようになり、運動能力を高めるだけでなく、集中力を高め心を安定させることができます。
 ビックリした時にも息が止まることがありますが、この時は気が上がったまま息を止めています。この息の止め方は練習してはいけませんが、ヨガの呼吸法で使うクムバクでは、気を上げながら下げる、下げながら上げるという息の止め方を意識的に行います。これが正しく出来るようになったら毎日の日常生活の呼吸にこれを活かします。呼吸法をするときだけではなく全生活にクムバクを活かす働きをクムバクりょくと呼んでいます。それは、どのようなときにもクムバクをしている時のように腹圧が高く、脳波が安定し、意識の広い状態を維持する力を保っている状態を指しています。この力が自己実現能力であり、他との和合能力であり、心豊かに生きるための必須の力です。

 さて、息を止めるのがクムバクなのに、それを日常に生かしたらずっと息をしないのかという疑問が湧くかもしれませんが、そうではありません。正しくクムバクをして(息を止めて)生じる状態、それは、意識が広がって統一され、心が安定し、丹田に力がこもる、という状態を変えずに、息を吸ったり吐いたり、生活をしたり、仕事をしたりということをするのです。沖ヨガではこれを《すべてを動禅として行う》と表現しています。

 胸の力が抜けてお腹に力がこもる状態、頭寒足熱の生理的にも心理的にも安定した状態を維持する力が《クムバク力)》です。いつでもクムバクをしているような呼吸の状態を生み出し、自在に安定した心身の状態になることができることが、《クムバク(りょく)が高い》ということです。

 クムバクは吸った息であっても吐いた息であっても、ただ息を止めるということですが、呼吸法の中に入れることもありますし、ポーズやムドラの中に入れることもあります。その際、息を止めると同時に、起立筋、肛門や骨盤底筋、そして横隔膜なども動員して、意識的に頭寒足熱、上虚下実の心身統一の状態を作り出します。ただ息を止めても言葉としてクムバクと呼べなくはないのでしょうが、そんなやり方では全く意味がありません。
 まだ20代の頃、沖先生からは「丹田力を高めよ」といつも言われていましたし、クムバクをしたときには集中力が高まること、そしてその状態が動禅と深い関係があることも分かっているつもりでした。しかし、クムバク力が高いという状態がどういうことかまだ十分には理解できていませんでした。

 32歳からヨガの指導を始め、朝から晩まで生活も意識もヨガ漬けになっていた頃、1980に沖先生がヨガの世界大会を主催され、サッチダナンダやアイアンガーといった世界的なヨガの指導者も来日参加して講演・講習を行いました。

 京都の宇治にある黄檗宗万福寺の「青少年文化研修道場」が会場になったので、関西在住の私は裏方として会場を飛び回っていました。聞けない観れないプログラムも多かったのですが、ドタバタと会場を走りまわっていたときに、アイアンガー師がポーズをしているところに通りかかったので、参加者がアイアンガー師を囲んでかたまっているその後ろからのぞき込むと師は前屈のポーズの最中でした。

 足を止めて見ていると、一つひとつの背骨の間が広がり、骨の上の皮膚も一緒に伸びていくのが見え、見ている全員が「オーッ」と声を上げました。すごいなぁと思い、その夜、宿舎になっていた研修道場の一室で寝る前にアイアンガー師の呼吸を真似て前屈していくと、なんと私も同じように骨の間が広がるようにズン・ズンと伸びていくのがわかりました。
 それまであまりポーズには重きを置かずにヨガを行じようとしていたのですが、それ以降、体の使い方の大切さにも目覚め、ポーズも追及するようになり、師から学ぶべくセミナーに参加したり、インドのアイアンガー師の道場に二度も行くことになりました。

 世界大会の翌年、1981年の年末からのインドプーナ(現在のプネー)でのアイアンガーヨガ研修のとき、師が日本人参加者を連れてご自分の生まれ故郷、南インドのバンガロールあたりを一緒に旅行し、案内をしてくださいました。

1982年正月、アイアンガー師63歳 木村35歳

 沖先生や私の父と誕生がほぼ同じ頃(1918年末~1919年1月)のアイアンガー師は当時60歳を少し過ぎた歳でしたが、心身共に気力に満ち小柄な体は威厳に満ちていました。

 バス旅行の数日を一緒に過ごし、生活する姿を見ていると、歩く後ろ姿、談笑の姿、食事中、立っている時、座っている時、どの瞬間をみてもクムバクをしているように見えるのです。
そこで、旅行中のメモに、「驚くべきことに、このインド人はいつでもクムバクをしている」と書いていました。

 そうです、息を止めっぱなしにしているわけではないのに、まるで止めたままのように丹田に意識を置き、心身統一しているようなままの状態で、そのまま息をし、そのまま食事をし、そのまま歩いているのです。これこそが道禅の状態です。

 それ以来私のクムバクに対する考えが変わり、アイアンガー師がもつ呼吸力を「クムバク力」と呼んで自分もそのような呼吸ができるように精進しようと思うようになり、今も、正しいクムバクができるための「クムバク体操」や「調気呼吸法」「拮抗呼吸法」などを考案して自ら実行するとともに皆さんにもお伝えしています。

 クムバクのことを書いていて、四十年も前のことを思い出して懐かしんでいたら大切なことを書き忘れていました。
 クムバク力を高める。すなわち、クムバクをすることで身に付いた心身の統一状態の中で深い呼吸をし、生き、生活をする。言葉を変えれば道禅の状態で生きる。その状態そのものの中にこそヨガの状態、生命の本来の状態があり、その中に浸ることもヨガそのものです。

 クムバクをずっと研究してきて、肋骨の使い方、背骨の使い方、そして横隔膜や骨盤底の筋肉の使い方まで、深い呼吸を身につけるための不可欠な働きがこれ一つで統一的にクリアできる可能性がある。何千年と伝えられてきた呼吸法にクムバクという作法が入っている意味がここにあるのではないかと思います。可能性があるという表現は、「やり方を間違っては、箸にも棒にも掛からない」、正しいやり方をしなければ無意味だということです。
 正しくやれば心身を変化させ、冥想への道になり、発声のための身体つくりになる。そしてこの正しいというのは、ただ方法論の問題ではなく、ヨガを求める動機や取り組む姿勢、ヨガの目的に向かう心構えなどがその正しさを底支えする力であり、正しくなければヨガではないということです。ヨガは決して方法論ではありません。動機・目的・方法、他にもあるかもしれない、生きるということの全て、そしてそれらを捉える捉え方まで含んだ全人的、全生命的哲学であり行動指針であり、それらの結論そのものでもある。それがヨガです。
 まずの目的と帰着点は、サット チット アナンダ (存在 意識 至福)という、自分自身に出会うことです。

 健康のために初めたとしても、次のステップ、その次その次と欲が深くなるようなやり方でなければヨガとは呼べません。 ヨガとよべるヨガをやる人、やって来た人たちは全生活をかけて取り組んできています。 生活の一部だけヨガをやるなどということはあり得ません。 全生活をヨガにし、食べることも、働くことも、遊ぶことも、全て生命の導く道に従おうと真剣に生きることがヨガをするということです。クムバクもこのような真摯な生き方のヨガと共にあります。

 クムバクは正しくやらないと害にもなりますが、やり方を正しく記述することは無理なので、ここには具体的な方法は掲載しません。セミナーや個人指導のときの直接指導だけにします。しかし、数人の方にはナチュラルヴォイスヨガ呼吸法指導を認可しているので、その方に習う方法もあります。→ ナチュラルヴォイスヨガ呼吸法指導員

 もう一つ、呼吸コントロールのメカニズムの中で書いている内容全体を満足するようにやれば大丈夫でしょうし、また、著書に書いている《クムバク体操》は指示を守ってやれば間違うことはないはずです。少しずつクムバク力を身につけていくことが出来ると思います。

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