ヨガで深い呼吸を身につける

呼吸コントロール力

声と呼吸の達人-フースラーとヴィダルダス

 さて、呼吸の拮抗は本来与えられている身体の機構であるにもかかわらず、私たちの生活の中で失われがちな働きであると、以前に書きましたが、今回はこのこととも関連する、私にとっての発声法とヨガのエピソードです。

 歌うことが楽しくて18歳の頃にラテンの歌を習い始めましたが、以前からドイツリードが好きであったこと、その先生がクラッシックの声楽家だったということ、そしてヴァイオリンを弾く女性を好きになったこと、などなど偶然か必然かが重なってクラシックの声楽曲を歌うようになり、20歳のときに音楽大学に入学することになりました。しかし、受験前から教えられてきた発声法を活かすことが出来ずとても声が出にくくなっていました。

 音楽は実力がものをいう世界です。ところが、今も同じかどうかわかりませんが、音楽大学では結構派閥的なものがあり、有名教授に習っていたかどうかが重要視される場面が多くありました。私はと言えば、受験前にその大学の教授に習っていなかったのでコネクションがなく、成績が特に良いわけでもなかったので、大学院を出たばかりの若い講師につくことになりました。私は4年遅れで大学に入ったので、あまり歳の変わらない先生でしたが、その方も発声法をつかめないで苦労をしておられました。音大に入るまでに超一流のドイツリートのレコードをとてもたくさん聞いていたので発声法に対する見識?だけは高く、なんとしてでも良い発声法を手に入れたいという思いを人一倍強く持っていました。

 入学後もその先生には発声を習わず、学外で色々なヴォイストレーナーを探しては習っていました。その中に、少し年上の先輩で、数年前に東京芸大の声楽科に入ったバスバリトンの男性がいました。彼は「こんにゃく体操」で素晴らしい歌声をつかみ、大阪に帰ってきたときには私や仲間にその体操を教えてくれていました。こんにゃく体操は野口三千三氏が東京芸大で体操講師をしながら進化させていった現在の「野口体操」です。とても素晴らしい哲学と方法論を持った野口体操のごく初期のころに習うことができたのですが、残念なことにヨカ゛のような総合的修行の観点はなく、当時、心身に問題を持っていた私にはその真価を味わうことができませんでした。もちろんそのときに習ったことが今もとても役に立っています。

 ヨガの三密といわれる心身息を声の側からとらえて生まれた体感空間の概念は、沖先生から学んだヨガの哲学や生き方を追求すること、そして、こんにゃく体操の身体の捉え方を実践する中で得たものです。

フースラー

 音大の外で声についての大きな影響を与えてくださった方がもう一人、いや二人おられます。世界的に真価を認められていた、フレデリック・フースラー(1889-1969)という100年ほど前に活躍した活躍した名高いヴォイストレーナーがおられ、その方に習ってきた日本人やその人の弟子に習うというご縁がありました。その日本人の先生が指導しているグループでは、明治以来あまり変わらないドイツ流の発声指導とは異なるヴォイス トレーニングのやり方をしていました。当時は、そういう先進の情報は東京が中心でしたが、その先生や弟子達が大阪に来るのをつかまえて習っていました。

 フースラーはそれまでの伝承や経験だけを頼りに行われていた声楽のヴォイス・トレーニングを生理学的、音声学的に、科学的包括的に検証し、系統だてた理論を構築し、自身も素晴らしいヴォイス・トレーナーとして活躍された方でした。

Frederick Husler

 その流れのヴォイス・トレーナーに習い始めたのはヨガを始めて何年か経っていた頃ですが、当時はnetもなく、フースラーの情報は、教えて下さる先生からのまた聞き情報しかありませんでした。しかし、後日とても素晴らしい本に出会いました。それは音大を卒業して何年も経った30歳頃のことでしたが、フースラーの著書「Singen」(歌うこと)を手に入れたときのことでした。ドイツ語の原書なので簡単には読めないのですが、ページをめくって図や写真を見ていくとその中に、まる1ページに拡大して印刷されたヨガ行者 [Yogi Vithaldasヨギ・ヴィダルダス(1911-1989)] の写真がありました。この方が二人目です。

vithaldas-in-padomasana

ヨギ・ヴィダルダス

 パンツ1枚、結跏趺坐で座っているそのヨガ行者は、ヨガの実習の参考にしていた「目で見るヨガ」、そして「ヨガの料理手帳」という白揚社から出版された二冊の本の著者で、ヨガを始めた頃から毎日のように写真で会っていた方でした。Singenの中の写真は少し若い時のものでしたが、見るなり「あっヴィダルダスだ!」と、とても驚いたことでした。

 声楽を始めた頃に何冊かのヨガの本を書店で見つけ、発声にきっと役立つだろうと独習を始めましたが、当時はインターネットもなく、この行者のことはよくわかりませんでした。ところが現在Netで検索してみると、海外のサイトですが、かの有名なヴァイオリニストのメニューインが若い時にヨギ・ヴィダルダスやアイアンガーからヨガを学んでいたようで、ヴィダルダスと一緒にライオンのポーズなどをしている写真が出てきます。

 この「Singen」の中のヨギ・ヴィダルダスの写真や、本の中に書かれた、身体の中の働きの方向性を示す矢印の付いた図からは、フースラーがきっとヨガのポーズや呼吸法を身につけていて、それらとヴィダルダスの教えなどを参考に得られたことが基礎になっているだろうと推測できました。でも、フースラー方式として私に教えてくれた先生たちは、当時そのメソッドの中に多くあった体操的な呼吸法がヨガと結びつくとは想像もしていなかったようです。そしてその後もずっと身体や呼吸のことを追求してきましたが、最近になるほどにフースラーのメソッドが人間本来の呼吸を研究したことから生まれたものとわかります。

 最初習った当時はただ闇雲にやっていてよくわからなかったのですが、それから50数年、声・身体・呼吸を研究してきて、現在私を通して生まれてくる呼吸法は、習ったフスラー方式とは違うアプローチですが、この若い頃に習った方法と形がよく似ています。しかし、そこには前回にかいたような身体の使い方の方向性が的確には指示されていませんでした。正しくヨガを行じた方ならそこを外して指導するはずがないからです。教えられたそれらの体操や呼吸法はきっと、弟子、孫弟子と何人も通して伝言ゲームのように歪んでしまったのだと思いますが、フースラーやヨギ・ヴィダルダスが伝えたかった本来の意味を伝えていない、形は似ているけれどフスラーが意図したものとは似ても似つかないものになっていたということだと思います。もしフースラー方式を正しく習うことが出来ていたらもう少し早くに呼吸についての開眼があったかもしれません。今となってはどうでもいいことですが、結局、当時はどこに行っても大したことは教えてもらえず、ただ一人で声や身体に向き合って何十年もやってきて、やっと多くの気づきを得ることが出来ました。

Singen

 Singenの内容を見るとフースラーがヨガ行者から得た生命観や呼吸の在り方が現れています。この日本語訳から、その部分を紹介しましょう。「—」は中略の意味です。

原著:「Singen」Frederick Husler Yvonne Rodd-Marling

日本語訳:「うたうこと」発声器官の肉体的特質 ―歌声の秘密を解くかぎ― フレデリック・フースラー/イヴォンヌ・ロッド-マーリング著 須永義男/大熊文子訳 音楽の友社刊

 本文、第1章 基礎原理(P9)の中から。

 歌声は、特殊な心理的な意向と、長く複雑な肉体的機能の一系列によって呼び起される。その心理的意向は全人類共通のものであり、一般的にいって、音楽を作ったり詩を作ったりする間接的なことほどには満足されてはいないけれども、歌いたいという衝動は生来のものである。歌うことは人間の属性であり、その遂行のためには外部からの援助や、適応は必要としない。— 発声のための肉体的前提条件、すなわち解剖学的構成は、少数の人にだけ限られた偶然の天与のものではない。— ある人が歌えないということは、歌うための器官がないからではなくて、その器官の貧弱な状態が歌えないようにしているのである。— これは多くの生理学者や咽喉専門医にさえ、一般的には知られていないことが明白なのである。その理由は、たいていの人が、意識しているかいないかにかかわらず、歌手というものは特別の肉体的な道具をもっており、またある不思議な方法で自分自身の楽器を作りあげているのだ、というふうに信じているからである。— 人類という種属には歌う能力がある。人間はそういうふうに作られている。ずっと昔には、人類はだれでも歌ったものだ。しかしそれ以来限りなく長い時が過ぎ去ってしまって、その間に人類は一般的にいろいろな程度の音声衰弱症(声の弱いこと、楽器の慢性的な虚脱)にかかっている。それは発声の機構をずっと使わなかったためである。それがあたりまえの状態になってしまっている。— ほとんど全部の今日の人間―つまりふつうの「声のない」人々は抑止された歌手なのである。

 50数年前(1965年)に出版されたこのフースラーの本に書かれている考え方は、声楽家や声楽家のためのボイストレーナーの視点から書かれていますが、その声や自然の肉体に対するとらえ方は、当時の医学や現在の進化したと考えられる医学的な常識とはちがうとらえ方で、その意図するところは声に限らず、私たちは神(自然)から与えられた肉体的な精神的な力を十分に発揮して生きてはいない。その与えられた能力を活かして生きることを、そしてそのための方法について述べている。これこそがヨガが説いていることです。

 今回は声の専門家の話題でしたが、真理はどの世界に持って行っても真理であるということです。

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