呼吸も運動も方向性が生み出す

呼吸コントロール力

5.呼吸の方向性

伸びる力の方向性が呼吸を開く

 世の中には健康や身体の使い方のノウハウが溢れているのに、なぜ皆が健康や生き甲斐に満たされ、幸せに豊かに,気持ちのいい声を出して生きることができないのでしょう。何が違ってうまくいかないのか、そこを掴まずに現在当たり前と思っている考え方を踏襲する限り結果は変わらず、病人や不必要に老化する人を世の中から減らすことはできないことでしょう。

 「生命を真に生かすための、自分にとって真のノウハウを生み出す」という生きる根本に迫る高い目標設定の取り組み方が必要です。

 木を見て森を見ずという言葉がありますが、広く遠くを見てこそ堂々巡りではなく的確に目標に近づくことができます。それは身体も心も人生も同じことです。この「方向の見極め方」が心でも身体の使い方でも社会においても最も大切なことと思いますが、ここではそれを、より良い呼吸のための、身体の使い方の方向性で考えていきます。

力の方向性

 例えば、「胸の力を抜いて・・・」という助言は色々なところで言われます。しかしその状態になるためには、肋骨が引き上がるからこそお腹に力がこもって胸の力を抜くことが可能になる、という力の配分が必要です。ところが、胸を落とすことが胸の力を抜くことであると勘違いして肋骨を下げてしまい、結果としてかえって胸に力が入ってしまう人がけっこう多くいます。それは生命の求める方向とは全く逆の使い方です。

 背スジに力がこもり、足腰の筋肉が協力し、気持ちよく腹圧を維持することが出来て初めて胸の力を抜くことができる、というこの作業も全身の協力によって出来ているのですが、身体を動かすための筋肉は、見えるところ見えないところを問わず、どれもが目的とする使い方の方向性(動かし方)を生み出しています。
 見方を変えれば、身体のどこかを一つの方向に動かすためには多くの筋肉が協力し合って働きます。その連携を身体に教え込めばいいだけのこと、のようですが、実際にはそれがとても難しいのです。それはどのような身体の使い方も、多くの筋肉が協力するその全体をユニットにし、そのユニットを一つの意識で働かせるというシステムであらゆる動作を学習し身につけてきているからです。そのため、個別の筋肉を鍛えたり意識的に支配したりしようとすることで身体の使い方を変化させることができないのです。すなわち必要な方向性の働きを生み出したり変化させたり、またその質を高めたりすることは簡単にはいかないということです。

 例えば、立つ時に背スジが緩んで肋骨が下がるような使い方をしている人がお腹に力を込めようとしても、立つことと肋骨が下がることとが連動して身に付いているので、そこに肋骨が上がっていないと出来ないような動作をそこに入れ込むことはまずできません。まず肋骨の高いまま立つことを身につける必要があります。ところがこれも立つ時に重心が(かかと)に掛かっている人の場合、その重心のまま肋骨を上げておくことは他のところに無理がかかるので、まずは重心の位置を正す立ち方を身につける必要があります。

 このようにお腹に力がこもらないとか胸の力が抜けないという問題を解決したいと考えるとき、その目的とする身体の使い方を意図してもそれらの使い方は他の動作と一体になって身体や脳や神経回路に記憶されて身に付いていることなので、一部だけを取り出して機械の部品を取替えるようなわけにはいきません。
 その、一つの方向に動かそうとする一つの意思に、どうすれば多くの筋肉が協力できるようになるのかという、その方法を見つけないとうまくいきません。

 アスリートたちは其々のスポーツで充分な方向性のトレーニングをしているので部分的な筋トレが役に立ちますが、一般の人たちにとっての部分的筋トレは方向性の観点からは全く役に立ちません。問題にすべきは最初から力の使い方の方向性です。胸の力を抜いて・・・、といわれてすぐに正しくできる人がいるなら、それはすでにその動作を下支えする働きが整っているということです。

 発声法も身体や呼吸を使う同じ問題を抱えています。声を学ぶと多くの先生が、息を支えなさい、喉を開けなさいなどと言います。その通りにできればすぐにでもいい声が出てくるはずですが、多くの生徒が先生の要求とはちがうトンチンカンなことをします。私も、歌を歌うときには息を腰や胸に入れる、肩を下げる、肛門を締める、下腹を引く、背スジを伸ばしアゴを引く、重心の位置、頭頂の向きなどと、声を出すという一つのことに向けて喉が開き息を支えることが出来るように、意図的にたくさんのことをやっています。それらは多くの先生が生徒に言うことと変わりません。先生たちは自分の中で感じている身体や呼吸の使い方をそのまま生徒にやらせようとしますが、その基礎になる条件の整っていない人には言ってもやりようがありません。身体の使い方の方向性が先生自身のやっていることと根本のところで違っている、ということに先生が気づいていないのです。言われたことをそのままできる人にとっては先生のアドバイスが近道になるでしょうが、多くの生徒にとっては苦難の元になってしまいます。これは歌に限らず、健康法や呼吸法、そしてスポーツや武道であっても同じことです。

 そこで提案したい身体の使い方の根本、それは、すべての動作を「伸びる働き」と共に行う、もう一つは、「吐く息」で動作する、ということです。もちろん声を出す場合も同じです。生活の中で、すべての動作が伸びと連携していないことが一番の問題です。伸びと連携するということは、呼吸が伸びのびとして、呼吸器官や発声器官が生まれながらに持っている働きを発揮できる土台を生み出しているということです。

 生活、仕事、生きているあらゆる瞬間を伸びのびとした使い方にすることが生命を活かすことであり、生命の働きを充分に外に表現するただ一つの方法と言ってもいいでしょう。重力の中で進化し、生まれ、成長し、全ての動作を重力に逆らいながら身につけてきた地球上の生命、特に立って暮らす私たちは、この逆らいをやめたり減らせたりすれば身体を伸びのび使うということが出来なくなるのです。全ての動作、全ての呼吸、全ての心の活動が「伸びる働きと共になされている」ということが生命の働きを活かすことです。そして良い声も健康も生きがいもすべてに例外はありません。もちろん他にも大きな問題はあることでしょう。しかしこの伸びの問題は回避することのできない一大事なのです。そしてその伸びるという方向性は、身体全体、心全体として萎まない萎縮しない、小さくならない、大きく膨らむということです。

 私たちは、いつも重力の影響を受けて暮らしていますが、普段それを意識することはありません。誰もが、心や身体がへこたれたり萎む瞬間があることでしょう、でも起き上がり小法師のように元に戻って膨らむのが生命の当たり前です。ところが気を抜いていると無意識のうちにいつのまにか重力に負ける方向性が身についてしまうのです。ここが文化生活を営む人間の一番の問題点です。いつのまにかジワジワと萎む。それが呼吸を浅くし、内臓を下垂させ、血行を悪くし、心臓に負担をかけ、多くの病気の元を身につけていきます。 

 産まれた時から、いやお腹の中にいるときから重力の影響を受けていたはずだし、産まれ落ちたあとはずっと、宇宙にでも行かない限りずっと1Gの重力の中で生き、全ての生活、全ての動作をその重力に逆らいながら成長し、発達してきたのです。何万年も何百万年も前からその作業と共に進化してきているのです。意識しなくても、地球上の全ての生き物にとって当たり前ではあるけれど、とても大切なことなのです。中でも直立して生きる人間ほど重力の影響で問題が生じやすい生き物はいないことでしょう。重心の位置が狂うことによる背骨の無理、血行障害、内臓下垂、自律神経の不調、全身的連携機能の低下衰退など、使い方を誤ることが重なって受ける問題が山ほどある身体を持っているのです。人間は立つことで問題を抱えるようになった、と言われますが、そうではありません。立つように進化した身体を持っているのに、立ったように身体を使わない間違いによって受ける問題であり、重力に逆らい切るという働きを忘れて身体の機能に影響をうけているのです。

 誰もが毎日動き働き呼吸をして活動しているのに衰えてくる。それが本来の老化なら喜んで受け入れるべきです。しかし世の中で言われる、またお医者さんが言う老化のほとんどは本来の老化ではなく退化です。使い続けている機能は衰えません。毎日ご飯を食べている人は毎日アゴを使っているから今日も明日も噛むことができます。それなのに肋骨が下がり内臓が下がり、腹が出て呼吸が浅くなる。

 いわゆる成長期は本来発達すべきところが発達し、伸びやかな青春期を送れるはずですが、最近の生活習慣ではその間も必要な成長発達をしていない人が多くなっています。そしてうまく成長できたとしても、成長期に達した直後からその働きを弱らせ始める人がほとんどです。ある年齢になって突然老人体型になるわけではありません。世間で言われる老化的な変化は若者のうちからすでに始まり、年齢と共に比例直線的に進み、ジワジワと時間をかけてそこに行き着くのです。それは使わないところが退化するという原理通り、伸びるという方向性の不足が重力に逆らう働きを減らしたからです。そこで機能の衰えてきた筋肉を元に戻そうと、今流行りの体幹トレーニングとかが登場するのでしょうが、筋トレの考え方ではここをクリアすることができません。問題は身体の使い方の方向性なのです

 赤ちゃんは伸びよう伸びようとしているうちにいつのまにかそこに必要な筋肉を発達させています。 保育園や幼稚園の子供たちはいつもピョンピョン跳び上がることで、より強く伸びる働きを身につけていきます。特に筋トレしなくても、伸びようとする意思が筋肉を発達させるのです。この原則は大人になろうが老人になろうが変わりません。いつも重力に逆らい伸びのびしようとする意思が身体を育てるのです。この伸びる方向性を失うことで多くの人が生命を活かすという一番大切な働きを鈍らせているのです。

 ガチガチに硬くならずに気持ちよく背スジを伸ばす。これは上に伸びる働きと、下に伸ばしたりまかせたりする働きが拮抗してバランスが取れているということです。上に向かうべきところは上に向き、下に向かうべきところは下に向く。うまく上に伸びるから重力に任せて下に向かうことができる。街を歩いていても人と話していても、多くの人の胸が下がり塞がっています。これが高く広がってこないと正しく呼吸をすることができません。背スジが緩んでしまうと、肋骨が高く上がる方向に向けなくなり、楽に正しく伸びることができません。

天突は天を突く

 両鎖骨の間、胸骨の一番高い処に天突(てんとつ)というツボがあります。昔の人はなんと素晴らしい命名をしたのでしょう。いつも天に向けていることが大切ですよ、という意味をこめたのでしょう。ここを高く引き上げる意識を持つことで肋骨の方向性を維持しやすくなります。

 体幹の使い方についても鍛えるよりも正しく使うことの方がよほど大切なことです。多くの筋肉が協力して一つの動作をしますが、その働く方向性こそを大切にすべきで、いつも伸びのびとする方向に働いていれば、そのために必要な筋肉はいつのまにか必要なだけ育つのです。部分としてどの筋肉かを鍛えて強めても、全身の働きに協力する働きをしないような「偏って発達した筋肉」はじゃまになるだけです。

 全ての動作が伸びる働きと一体になること、そしていつでも、ヤッタルデーというような気分で生きていれば自ずと全身が深い呼吸の体勢になるのです。いつでもその気分でいなくてどうしてそれを自分のものにできるでしょう。武道や芸道に携わる人はこの心身の方向性を意識するこが多いと思いますが、それをするときだけ、声を出すときだけ、歌を歌うときだけ、時間を区切って肚に力を込めてもそれは全く的外れの練習です。毎日の一瞬一瞬の身体の使い方や呼吸の在り方の方向性を正すことこそが本当の練習であり修練です。世の中の情報を見ていると、多くが部分に偏っており、身体の使い方では、どこそこの筋肉を鍛えるとか、どんな栄養を取り入れればいいか、というような近視眼的な捉え方が主流になっています。しかし、いくら弱い筋肉を鍛えても その使い方や連携の仕方が身につくわけではありません。栄養も自分の中での活かされ方が問題なのであって特別なものを一生懸命食べても取り入れてもそれが身体に有効に使われるわけではありません。

 私達の身体は本来どのように使うことが正しいのか、そこを把握し、そこに向かわない限り、いくら筋肉をつけたとしても、それは本質的な健康や心の解放、そして良い声を生み出すことはありません。

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