自分らしく生きる生き方そのものが人を健康にする

NVY-intro5

ナチュラル ヴォイス ヨガ入門 5

   2014年6月号 (No.177)

 4月号では、心が喜ぶためには、『喜びに満ちた呼吸と体の使い方』をすることが直接的で早道だということ、そして5月号では『息を開放する』ことについて書きました。今回は両方の続きです。

 喜びに満ちた心で生きるということは、喜びに満ちた体の使い方や呼吸を覚え、自分に起こる毎日の営み、そして一挙手一投足をそのような呼吸と姿勢で行い、そのような呼吸と心で受け止めているということです。それらすべてを心の働きだけでクリアすることは不可能ではないかもしれませんがとても難しいことでしょう。

心が6~7割、体が3~4割という感じでアプローチをしたとしても、心と体の相関性または同一性ということをいつも念頭に置き、自分を見つめ、自らをそのように躾けなければなりません。

 伸び伸びした体の使い方、喜びに満ちた心の使い方や受け取り方が当たり前にできるようになるために、自分の道具である心や体を、自分の望むような、より良い姿に躾ることが必要なのです。

 頭でわかっただけではだめ、一度や二度、いや五回十回、百回やったからできるというわけではありません。繰り返し繰り返し自分の心身の使い方を自分に教え、言い聞かせ、従わせ、それが当たり前になるまで繰り返すことが必要なのです。

 本来なら、子供のうちから体の使い方の基本を躾けてこそ正しい骨格の基礎ができ、正しい心の働き方の土台ができます。それに、もっと大切なことは、躾は子供だけのものではないということです。

 「あなた間違っていますよ」、「美しくないですよ」と、人が言ってくれない歳になったら、気がついた時点で自らに課し、自分にとって好ましい自分になるようにするしかありません。

しかし、世の中の現実は、体と欲望だけを膨らませた躾のできていない大人擬き(もどき)が子育てをしているのですから、躾もへったくれもあったものではありません。

人のことを言えた柄ではありませんが、このご時世では、「身のこなしを美しくする」という、伝承されるべき『躾』の意味が世の中から失われ、「叱って叩いて言うことを聞かせること」と間違っている人も多いのではないでしょうか。

子供は子供らしく、大人は大人らしく、自分らしい生き方ができるために、まずは自らを躾けることが必要なのです。

親がしてくれなかったと恨み言を言っても仕方がありません。気づいた時が吉日、健康に、そして心に問題がある、生活に問題があると感じることのできる人、それに気づくことのできる能力のある人はまず自分を躾けることから始めなければなりません。

姿勢、立ち振る舞い、動作、作法、食べ方、話し方、考え方、生き方全てが躾なのです。

 口をポカンと開けてアホ面をしてスマホに取りつき、年寄りが前に立っていても菓子を食べながらぺちゃくちゃやっている若者たち。可愛いそうだが君たちの将来はつらいものになるだろう。

そのまま歳をとるなら、口呼吸が当たり前で背骨が緩み骨盤が歪み、栄養が偏り、親からもらった健康の貯金が減ってきたときには不健康と心の葛藤に苦しむことだろう。

そして一番悲惨なことは、他の人の身になれないことだ。

 多くの若者たち、いや多くの大人も人生の喜びとは正反対の選択をしている。

いくら一生懸命勉強したとしても、頑張っていい学校に入り、いい会社に就職したとしても、どうして真に生きる喜びを感じられるだろう。

そんな姿勢、そんな呼吸ではどうにもならない。少しでも早く気づき、夢と喜びのある人生を選択してほしいと思う。

― 息を調和する ―

 さてそれでは、前回にやった呼吸法、花の香りをかぐようなデリケートな息が頭の中を巡って頭を冷やし、背骨を通って下向きに流れて腰腹部に入ってくる、という感じ方から次に進んでみましょう。

 胸が高く、姿勢が伸びたまま息を吐くことができれば、息がなくなって吐くことをやめたあと、姿勢を維持したままお腹を緩めれば、吸う息は息の方から流れ込んできます。

普段の呼吸での吸うという作業は、「吸い込む」というよりは「息が流れ込んできて満たされてくる」という感じから始まる方がよく、心も体も安定するのです。

 吸気が始まる時には、ゆったりと横隔膜が下がり、下向きの気の流れで息が入ってくることが大切です。

 背骨が伸び胸が高い状態でいれば、吐くためには、お腹が引っ込み、横隔膜や内臓を上げて肺の空気を押し出して吐き、吸うときにはまず、吐くために力を込めたところを緩めて肺の容積を大きくするところから始まります。

これを『息を開放する』と呼んでいます。息を開放すると、肺の中の圧力と外の圧力が同じになり、気道を開放していても、息は出て行きも入って来もしません。この時息は腰腹部に満たされたように感じられることでしょう。

 次に、横隔膜がもう一息下がり、下肺部にも息が満たされます。さらに肋骨を引き上げて息を吸い込み(ここでは気を上げて吸い込む)、中肺部、そして上肺部に息を満たすように感じます。

最大限に吸い入れるには、肩を上げて鎖骨のあたりにまで息を満たすようにします。

ヨガのクムバク法では、ここで鼻から息を少し抜き(吐き)ながら、上に上がった気を下げ、肛門を締め、息を下腹に降ろして息を止めます。

 息を多く吸ったまま気を下げるには多くの努力を必要とします。

この負担を軽減するために鼻から息を抜きますが、それでも下腹部に意識を置くために不要な力を入れてやる方を多く見受けます。

クムバクのときに大切なことは不要な緊張を一切持たないことです。体が伸び伸びとしており、肛門が楽に締り、肩が下がり、首が伸び、頭頂が天に向かって楽に伸び、肋骨が高く広がっている。

そして息の圧力が胸や下腹部などの部分にかかるのではなく、風船が膨らんでいるように体全体に柔らかく圧力が分散して、肛門や骨盤底筋が下から息を受け止めているような感じ方が大切です。

これが3月号の最後に書いた、「息を調和させる」という呼吸の感じ方です。

そして、クムバクの後は胸を落とさず、頭頂を天に向かって伸ばしながらゆっくりと吐きます。四六時中このような感じ方ができるようになる、これこそがヨガの眼目であることでしょう。

 呼吸法として行う時には、鼻先につけた羽毛が、ほんの少しそよぐような感じの柔らかい流れの息を時間をかけて吐きます。

 さて、それではこの息の流れ方を感じて、
① 『ラジオ体操の深呼吸と反対の呼吸法』を、
② 『花の香りをかぐ要領』で、そして吸う息の始まりを
③ 『息を開放する』ことからをやってみましょう。 


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