自分らしく生きる生き方そのものが人を健康にする

NVY-intro4

ナチュラル ヴォイス ヨガ入門 4

   2014年5月号 (No.176)

― 息を開放する ―

 呼吸法というと、吸ったり吐いたり、ゆっくり早く、強く弱くと、メカニックなやり方をするものと思いがちです。

しかし、心と体が一体のものであり、その二つをつなぐ呼吸も心身と一体のものとすれば、当然呼吸と心は一体のものであり、心の働きを無視して呼吸法をすることはできないはずなのです。

前回にもお話したように、心の働きを表す言葉、例えば暖かくゆったりとか爽やかに、というような副詞と共に心を込めて行うことが大切なのです。 

そしてそれは、“自分がなりたい自分”の呼吸をイメージすることでもあります。 

しかし、ただ健康になりたいとか、金持ちになりたいというような漠然としたイメージでは自分を変えることはできません。

ゆったりくつろいでいる自分、柔らかい自分、温かい自分、伸び伸びした自分、満たされた自分、芯の通った自分、等々、自分にとって好ましい変化を気の流れの変化として感じれるような事柄について、その時々に自分に求める自分の姿をイメージすることが必要なのです。

 また、この副詞は体感空間の広がる方向とも大いに関係していますから、気(息)の流れる空間や方向を意識することも大切です。

吐く息に力を込める

 沖先生が言われた呼吸の原則の一つに、“吐く息に力を込める” ということがあります。

 もちろん吸うときに力を込めることもあるのですが、普段の動作での基本的な呼吸として身につけたい感じ方の一つです。

 では吐く息に力を込めるというのはどのような力の込め方なのでしょうか。例えば、吸った息を止めて、顔が赤くなるくらい力(りき)
んで、その状態で息を吐けばやはり吐く息に力を込めているということになると思いますが、正しい呼吸の方法を学ぶのに、きっとこんなやり方ではないということはおわかりでしょう。

また、浄化体操などで歯や舌、唇などで息に抵抗をつけてス~ッと強く音を立てて吐く方法がありますが、起きていても寝ていても、四六時中止まることなくしている息を、いつもこのような強い息で暮らしなさいということなのでしょうか。

 一つの言葉、“吐く息に力を込める”という言葉をどのように解釈しどのように実践していくのか、私の場合は沖先生から原理原則だけを与えていただき、それを、ああだこうだと何十年も色々なやり方を実践して、少しずつ核心に近づこうとしています。

しかしそのやり方の正否をどのようにして判断すればよいのでしょう。私たちの体は訓練次第で色々なことができるような高い能力を与えられているのですが、それが自然の理にかなった動きであるか、そうでないかが大切なところです。

 間違ったトレーニングをすれば体はそれを覚えてはいきますが、「そのやり方は違うよ」という気分で教えてくれ、次に痛みや苦しみで教えてくれます。それを無視して続ければ、体も心も異常になり、感じ方まで狂ってきます。

ですから、ただ聞いたことをまる覚えしたり鵜呑みをして人の言った通りするのではなく。自分の頭を使い、自分の体や心に聞いてやっていくことが大切なのです。

ヨガでは自分の生命に聞いて行いなさい。気分が先生ですと教えています。

 さてそれでは、まず一番の基本としてどのような呼吸を目指していくのがよいのでしょうか。それは、寝ている時のような、横隔膜が主導で呼吸をしている状態です。

これは無意識の働きとして生じるものですから、意識的にやる場合は、横隔膜を使うけれどもそれが主導でというわけにはいかないでしょう。

でも起きて活動しながらもできるだけ副交感神経の働きの高まる、寝ている時のような呼吸に近づくべく、結果として横隔膜を十分に使う呼吸を目指します。

 それでは二つの息のしかたを較べてみましょう。

(A)
 肋骨を下げて萎めて息を吐いて、次に息を入れようと横隔膜を下げても少しの息しか入ってきません。吐いたのと同じだけの息を取り入れようとすると、横隔膜を下げるのではなく、肋骨を拡げ胸を引き上げ、上向きの気の流れで息を入れることになります。これは胸式の呼吸です。

(B)
 肋骨ができるだけ広がり、高い位置にあるまま息を吐くと、もちろん肋骨も狭めて吐くことに協力しますが、それ以上にお腹や背中やその他たくさんの筋肉が働いて、腹部にある内臓を引き上げて肺の空気を押し出します。
そして次に、吐くために締まった筋肉を緩めると、横隔膜が下がり、肺が陰圧になった分、すなわち吐いた息の分量が肺に入ってくるのです。これが正しい腹式の呼吸です。

(B)の呼吸では、吐くために力が必要ですが、吸うときはお腹の力を緩めることで息の方から勝手に体に流れ込んできます。そして胸腔と外圧が同じ圧力になれば、喉を開放していても、息は出て行きも入って来もしません。

この状態にすることを「息を開放する」と呼んでいます。要は吐くときに力がこもり、その力を緩めて、息を開放することで息の方から流れ込んでくるという呼吸をする、そしてこの呼吸を身につけてしまうのです。これが吐く息に力を込めるということです。

 さてそれでは、前回の花の香りをかぐ呼吸法をもう一つレベルアップした呼吸にしていきましょう。

 いい香りをかいで気持ちいいと感じている時の呼吸と、嗅ぎたくないゴミのにおいをいやいや嗅いでいる時の呼吸はとても違います。心の状態はもちろん大きく違いますが、同じ吸う息であってもその息の流れ方が全く変わってしまいます。

 花の香りは、鼻から入った息が鼻から上に向けて流れ込み、まるで頭の上部の空洞の内側を冷やしているような気分になりませんか?

 ところが嫌なにおいの場合はこの流れで吸うことはできず、口はへの字になりませんか? 拒否している時の息の流れ方があるということです。呼吸の在り方が心の状態を決めるということがこんな簡単なところからもわかります。

 さて先ほどの吐く息に力を込める呼吸のやり方で吐き、次に息を解放するときに、息が丁寧に鼻から入ってくる、無造作に吸うのではなく、好きな花の香りをかぐようにデリケートに息が流れ込んでくるように感じる。このとき、腰腹部の力を緩めるので下の方に息が入ってきますが、鼻から直接お腹に流れ込むのではなく、鼻から上向きに息が流れ込むかまたは、頭頂から息が流れ込み、そのデリケートな息が頭の中を巡って頭を冷やしてから背骨を通って下向きに流れて腰腹部に息が入ってくると感じます。

 吸う息を先にすると流れ込んでくる感じをつかむことができません。まずは息を吐く、それも伸び伸びとした体と心の状態を維持し、肋骨が萎まないようにして吐き、ゆったりとデリケートに流れ込んでくるのを楽しみ、この呼吸が身につくまで練習します。

 さあ、それではこの息の流れ方を感じて前回のラジオ体操の深呼吸と反対の呼吸法をやってみましょう。 


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