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NVY-intro21

ナチュラル ヴォイス ヨガ入門 21

   2015年10月号 (No.193)

バンダ

 ヨガの行法のなかに「バンダ」という作法があります。今回の投稿記事で畑さんがこのことに触れていますが、日本語では「締め付け」と訳されている言葉です。最近はヨガの情報がネットに沢山流れているので、バンダについてどんなことが書かれているのか、いくつかのサイトを見てみました。

 わたしの感想では、自分の体験でわかって書いている人もおられましたが、やはり、書物やインドに伝わる伝統的な考え方をそのまま自分の知識として使っている人が多いと感じました。そこでバンダについての私の考え方を紹介します。

 3つのバンダがありますが、これは特殊な身体の操作ではありません。特殊な効果もありません。体と心が安定した状態になるための体の使い方、例えば、「肩の力を抜く」とか「背すじを伸ばす」というのと同じような、少しレベルの高いコツを教えているのです。

そしてこの3つは、バラバラに単独にやるものではなく、全身的な体の使い方として同時に行い、全身が協力して行動できる統一体の状態になるため、心が分散せず協力して働く統一心の状態になるための体の使い方、意識の置き方を教えています。

 3つのバンダは、ムーラバンダ、ウッディアーナバンダ、ジャランダラバンダと呼ばれます。

 まず、ムーラバンダは肛門を締めて引き上げるということです。

次に、ウッディアーナバンダは、腹を締めて、腹壁や内蔵を引き上げます。

ジャランダラバンダ は喉の締め付けといわれますが、決して顎で締めたり喉に力を入れたりせず、結果として喉(喉頭部)が体に引き込まれるような状態になるよう他のバンダと協力し、深い呼吸の状態を生みだします。

 これらのバンダが同時に働き、協力し合っているときには、呼吸が深く、骨盤底の筋肉が働き、上から横隔膜が内蔵を押し下げる働きに対してそれを下から支え受けとめる作業をしています。

また、息を吸い入れるための筋肉で肋骨を引き上げるのではなく、背骨を立てる筋肉と協力して肋骨を高く保ちます。そして、腰の後ろ側や背中、肋骨の後ろ側が開くほどに、肋骨全体が高く引き上がります。

 ジャランダラバンダ は、他の2つのバンダの働きに支えられて、頭頂が天に伸びるような働きとともに胸椎の最上部まで背骨が伸び、上肺部に息が入り、そこで、頭を体幹の上で安定させて気を下げます。

次に胸骨の上端部で顎を押し上げるような気持ちで肋骨を引き上げ、首の力を抜いて顎を胸骨の先端に下ろします。このとき、喉頭部が体の奥に引き込まれるとか、体の中に沈んでいくというように感じられます。

そのまま、柔らかく深く温かい呼吸をします。力で喉頭部を引っぱるのではなく、力を抜くことで喉の方から楽に落ちてきます。正しい発声に欠かせない喉仏の状態というのはこのことです。

 決して力で喉仏を下げたり引いたりしません。「喉は受け身」が大切と、この欄でお話をしたことがありますが、伸びやかな体の使い方と伸びやかな声の出し方は同じであり、喉に力を入れて声を出すのではなく、「喉が受身」で声が出るような状態を作ることが大切なのです。

このジャランダラバンダが出来るように、他のバンダが協力した状態だと喉に負担をかけずに声を出すことができます。そして、これらは、ばらばらにやるのではなく、連携したひとつの動作として把握し、それをいつも実践する、片時もその使い方から離れないよう意識して生きようとし、完全に自分のものにすることが大切なのです。

バンダというのは身体と意識がひとつにまとまった状態を維持する目安です。求めるところは和らいだ状態、決して「締めつけ」ということばに惑わされないでください。

 どのバンダも他のバンダの働きを助けて、統一された体の使い方を生み出しますが、特に、ジャランダラバンダは間違えやすいので自習をされる場合は気をつけてください。

 ヨガの行者達が自分の身体だけを使い、自分の感覚だけを頼りにして発見していった「大切な気づき」が今に伝えられています。しかしその貴重な体験は、その時代の感覚と言葉で表現されており、不老不死とか万病を治すとか、今の感覚では荒唐無稽な表現もたくさんあります。

それと同じで、宗教感、神の捉え方、チャクラ、クンダリーニ、ということば、そしてバンダの捉え方ややり方、などなど、行法を残した人達と同じ体験をするまではそれらのことばの真意はわかりません。

時代感覚だけの問題だけでなく、結局は自分が感じ、自分の生きるという実感、喜んで生きることのできる実感と結びついて、自分のものにすることが大切ですから、沖先生が、「自分の体験したことだけが自分のものだ」と言われていたように、古聖たちの言葉を鵜呑みにせず、自分の感覚で、正しい体の使い方や呼吸やバンダができるようにするのです。

しかし、自分の今の身体や意識では間違っていてもわからないかもしれないので、できれば、正しく把握をしている指導者(グル)に教わるの方がいいのです。

グルがいることで進歩は格段に早くなります。早いだけがいいことではありませんが、人間は間違ったことができる能力を与えられて生まれていますから、その反対にバランスをとるようないろいろな文化を残すように、より良い生き方、より良い身体や心の使い方も文化として残していかなければなりません。

ただ、難しいのは、この文化は言葉や形に残しにくいので、一人ひとりに直接伝える 一子相伝に近い形でしか方法がないということです。



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