自分らしく生きる生き方そのものが人を健康にする

沖ヨガとは

沖ヨガとは

沖正弘師の説いたヨガ

釈迦やガンジーが行じられたヨガは5000~6000年の歴史を持ちます。

沖正弘師(1985年没)は若い時にこのヨガに出合い、

それからの広い体験と、徹底した求道生活によって、真の生き方を把握し、

それを現代に即応したヨガとして分かりやすく説き、現代のヨガブームを生み出す先駆けとなりました。

精力的な講演活動、執筆活動、そして国内外から沖ヨガ道場にやってくる人たちへの指導をし、

自らも正しいヨガの普及のために頻繁に国外に出かけ、

病人や心の悩みを抱える人たち、健康を求めヨガの哲学を求める人たち、

芸術家や武道家、サラリーマンや経営者たち、

およそあらゆるジャンルの人たちに対して、

「総合ヨガ」「生活ヨガ」を行じなさい、

感謝・懺悔・下座・奉仕・愛行の心を実践しなさいと、

一人一人に気を配る指導を続けておられました。

そして世界中にその科学性、哲学性、宗教性を伝え、

多くの信奉者 -沖ヨガの実践者-を残しました。

沖先生の言葉

《生命即神- 生命(いのち)が神だ。生命は間違わない、うそをつかない》

《生命の声は気分である》

《生命に聴きなさい》

《こだわるな、とらわれるな、引っかかるな》

《出して出して出し切って生きろ》《背水の陣で生きろ》

《感謝 懺悔 下座 奉仕》晩年にはこれに《愛行》を加え、

心と生き方の指針を説かれました。

《宗教とは人間が生きるためのほんとうの教えということ》

《悟りとはちょうど良い時に、ちょうど良いことを、ちょうど良いだけできる状態》

《自業自得》

《救われるには救われる資格を身につけよ》

《ヨガは沙門系の密教である。密教とは体験したことのみを自分のものとする教え》

《人の頭を借りるな、自分で体験し自分で考えよ》

《俺の教えたことをそのまま伝えるな》

《信じるな、疑うな、確かめよ》

《俺の言うことも信じるな、疑うな、実践して確かめよ》

《百人百様、一人一宗》

《人まねは泥棒だ、実践・体験して自分のものにしたものだけを伝えよ》

といつも言われていました。

《世界は「弱肉強食」ではない、「共存共栄」「自他共栄」なんだ》

《バランスをとりなさい、ヨガとはバランスのことだ》

《エネルギーも知識も自分に取り入れただけ出す、もらったら与える》

《食べたら出す(エネルギーを他のために使う・不要物を排泄する)》

《おまえらはもらうことばかり考えている》ともよく言われていました。

《積極心を養え、積極心とは物事の良い面を見る、良い解釈をする心のことだ》

《お前たちは悪い面を見て、悪いように解釈する練習ばかりする専門家だ》

《心・体・呼吸》これがヨガの三密だ

《諸道諸芸のコツは呼吸にあり》

《肩を下げ、肩甲骨をしめ、肛門をしめよ、足の親指に力を込めよ》

《毒を薬に変えよ》

《体験を増やせ》

《適応力を高めよ》

《病気で死ぬんじゃない、病気をしてもしても追いつかなくて死ぬんだ》

《食欲不振を大切にせよ》

また生活の指針として、《少食・少眠・多動・多考》と言われていました。

《少食・少眠》の意味は、

食べ過ぎずに自分の必要量を食べていれば、深く眠ることができるから、

少ない眠りで十分に疲れが取れ、

毎朝、「今日もやるぞ」と元気に目覚めることができるということです。

《多動・多考》は、持つエネルギーを使い切りなさいということです。

エネルギーを使いきって寝れば眠りが深く、やはり少眠で元気になる。

少眠になるほど体が柔らかくなり、呼吸が深くなる。

呼吸が深くなると心が和らぐ・・・と、良い循環が生まれる。

そのような教えをいつも私なりに自分に課し、

ヨガをするとは、正しい自然に即した生き方とは、と求め続けています。

その過程として、沖ヨガを基軸としたナチュラル・ヴォイス・ヨガも生まれました。

道場での生活

沖ヨガはどんなことをするのでしょうか。他のヨガと何か違うのでしょうか。

わざわざ沖ヨガとことわるところは何なのでしょうか?

沖先生が講義でお話しされていたこと、本に書かれていること、そして道場でやっていたこと。

それらをまとめていけば、沖ヨガとは何なのか、何をするのか、何をすべきなのかが見えてくるかもしれません。

私としては、まずは道場でどんなことをしていたのかを思い出すままに書き出してみることにします。

道場では、すべてのことを行(修行)として行いなさいとして、何をするにも行法と名付けてやっていました。

そしてすべての行法のはじめには、求道の誓い、覚めの誓い、というように、

「誓いの言葉」を皆で唱和してからその行法が始まりました。

「誓いの言葉集」には十六の誓いの言葉が入っています。

求道の誓い、実行の誓い、目覚めの誓い、清掃行法の誓い、浄化行法の誓い、

矯正行法の誓い、強化行法の誓い、冥想行法の誓い、祈り行法の誓い、

宗教心体得の誓い、愛の行者になる誓い、自己解放の誓い、作業行法の誓い、

心を中心とする誓い、栄養摂取の誓い、ねむりの誓い。

誓い、誓った通り意識化してそれを実践する。そのように生活をする。

それが求道であり、沖ヨガをするということだ・・・。と、結論めいたものが、今これを書きながら私の中に強く湧いてきます。

でもまだ書き始めたばかりなのでこれは保留にして道場や沖先生の話に戻ります。

きっと沖先生自身がこの誓いを自分に課しておられたのでしょう。沖先生のお話の中にこんなことがありました。

「スプーン曲げだとかテレパシーだとかそんなのは練習すりゃ誰だってできる。そんなのは超能力とは呼ばない、特殊能力というんだ。超能力というのは、感謝・懺悔・下座・奉仕、これができるようになったら超能力だよ、俺は40年やっているけれど難しい。」と、よく言われていました。

この誓いの言葉も同じことでしょう。誓ったとおり全部実践できるならそれはきっと超能力の世界に違いありません。

誓うということは「実行する」と自分に宣言することです。

言葉だけ読んで実行をしていない、すなわち誓いを誓わないでいるから本当にはヨガができていないんだ、ということですね。

「体操をすれば、呼吸法をすればヨガだ、ではないんですヨ」と、私も口ではずっと言ってきていますが、

“沖ヨガをやっている”というなら、ここを無視しては通れません。

なんと高い関門でしょう。他のヨガの団体ではどんなことをいっているのでしょうか。

さて、部屋の中でやること屋外でやること、毎日朝から晩まで何かしているのですが、

今まで自分が暮らしてきた世界から離れ、これまで義務であった日常の仕事や勉学をせず、

栄養学からみれば栄養もカロリーも全く足らないかのように見える質素な食べ物を少量食べ、

空腹をかかえ、金もうけや背伸びをする世界から離れ、自分を見つめ自然を見つめ、

自分や周りが変化していくのを眺めて暮らす。

自分が主体で活動してきたのを、受け身の生活形態になり、でも、積極的に生きろとも言われる。

それではヨガ道場でやることを朝起きてから順にみていきましょう。

まず太鼓が鳴って男女雑魚寝の大部屋で目覚め、洗顔をすると、読経行法。

般若心経をゆっくりと3回唱え、そのあと般若心経の意訳を1回読む。

次に掃除の分担をして清掃行法。それが済んだら、山道を1時間くらい走るマラソン(ジョギング)行法。

ただし病気などで走れない人は散歩行法をする。走った先に滝があるときにはそこで滝に打たれる。

道場に戻ったら水浴行法。

少し休んで、味噌汁を一杯。みそ汁の具には前日のご飯や麺の残りが浮いていることが多かった。

そのあとは浄化行法。汗をかいたり排便促進体操など、排毒を促進する体操や呼吸法をやる。

起床からここまでは毎日ある程度パターン化されていました。

ここから先は日によってまちまち、色々な行法が出てきます。

浄化行法・強化行法・食事行法・修正行法・冥想行法・笑いの行法・歌の行法・合気道行法・阿波踊り行法、

その他にも道場にその時来られている専門家の方の指導する、ダンス行法・生け花行法・拳法行法・棒術行法などなど、

すべてを通じて道を求め、すべてを動禅として行いなさいと数多くの行法が行われていました。

また、突然真冬に下田の海に行って砂浜で強化法をし、海水浴をし、唇まで真っ青になってブルブルガタガタして、今度は温泉に行ってゆっくり温まる。

講義では突然沖先生が大声で怒鳴り始め、誰かがボカボカぶんなぐられ蹴飛ばされる。(これには深い意味が隠されていたようです)

強化法では沖先生が竹刀を振り回し、跳べ走れ、と強迫をされ追い掛け回される。

まあ普通の社会では考えられないことがどんどん起こり、その真っ只中に自分がいて、
とても刺激的なことでした。

道場のプログラムは突然行法と言って、場当りのようにその場の状況で変化し、バラエティに富んだものでしたが、

私の行き始めた頃と後年ではずいぶん雰囲気が変ったように思います。

最初の頃、沢地の道場は建設途中で、大工仕事の手伝いなども結構やりました。

また、沖先生もまだ50歳になるかならない頃ですから、とても元気でご自身が一緒に走ったり、

運動会にも出てこられてあれこれ指図をしておられました。

講義・質疑応答のお話の時間も多かったのですが、だんだんにその時間が少なくなっていったように思います。

今では道場での生活はなつかしくまた有意義なものであったととても強く思いますが、

初めて道場に行った昭和45年(1970年)6月、その時の初印象は決してよいものではありませんでした。

沖先生の本を読んで、道場に行く前に勝手に想像していたことですが、

「白亜の殿堂」とでも言えるイメージの建物と、その中の静かで澄んだ空気のなか、

皆が静かにヨガを行じている・・・そんな情景を想像していました。しかし行ってみてびっくり。建物も人も雰囲気も全く想像外。

一番最初は下田にあった別な建物に連れて行かれたのですが、その建物は奥様の愛子先生の関係のところでした。

母屋から離れたところにある“板を渡したボットン便所”には大量の金蠅がブンブンと飛び回っている。

行法会場にも使っている大部屋には、垢でテカテカと光っているセンベイ布団が山にして積んである。

そのそばには、元気な人もいましたが、多くが髭も髪もぼうぼうで、病人のような悪い顔色で背中を丸めて座っている。

ボソボソと超能力やUFOの話をしている一団もいる。(当時は超能力やUFOの話はヨガという言葉と同じくらい訳のわからない、特殊なものでした。)

これは本で読んだヨガとは全く違うではないか、なんて不潔で気持ち悪い奴の集まっているところなんだ、と、まずは幻滅してしまいました。

後年インドや東南アジアに何度も行きましたが、そこで見たり体験した不潔感に比べればずいぶんきれいなところであったと思いますが、当時の私から見ればとんでもないものでした。

潔癖な私にとっては大便も止まってしまうつらい体験でしたが、調えるべきは環境よりも自分ですよと言うことだったのでしょう。

おかげで適応力の大切さがわかり、積極的にどんなところにも飛び込めるようになった良い体験でした。

あと、沖先生のお話でよく覚えていることの一つは、「この道場(沖ヨガ修道場)はガンジーの農場をまねしたんだ。同じようにやっているんだ。」とよく言われたことです。

ガンディーの共同農場(“共同農場”と言う表現だったかどうかは覚えていません)の話を聞いて、

私もそんな修行ができる、生活ヨガを実践できる、共同生活をする農場をやりたいと思ったものでした。

でも残念なことに畑に関しては、道場にあったのは小さなものでした。

あと、道場に入った日はいつも、まず自己反省文を書くように言われ、それを空き時間や夜中の時間を使って何日もかけ、自分の生い立ちから書いたものでした。

体調日誌(便の回数や変調など)を書き、そして毎日の各行法の感想文を書き、最後に道場を出るときには、総合感想文を書きと、

自分の中にあるものを出す訓練の一つとして、滞在中はずっと書き続けていなければならないようになっていました。

このように教室ではできないことが多いのですが、ヨガ道場で学んだこと実践したこと、沖先生の話などをすればきりがありませんが、折に触れ紹介していきます。

改造班

道場に入る時に提出する「修行願い」は通常の申し込み書の書式なのですが、

その願い書の最後には、「ここではすべてを自己の責任で修行として行います。」

というような意味あいの一文が入っていました。

そこに署名をして、現金をすべて預け、身も心も軽くして道場生活に入ります。

その「修行願い」の中に「鍛錬班」と「改造班」のどちらかを選ぶ欄がありました。

私は「鍛錬班」でしか入ったことがないのですが、

特に病気を治したいというような人たちが「改造班」に入っていたようです。

改造ってなんだろうと、初めは思っていたのですが、

そのうち、断食をしている人たちが改造班なんだと認識したことでした。

初めて道場に行ったときには断食をしてみようなどという発想もなく、

断食をしている人達をちょっと不思議な目で見ていたように思います。

でも、道場での少食生活を終えて家での元の食事に戻ったとき、

母が出してくれる食事を出されるまま以前のように食べると、

脂っこいし多すぎるし、お腹が張って苦しいので、

母に頼んで玄米ご飯と少量の野菜食を作ってもらっていました。

それでも時々は食べ過ぎて調子があまり良くなくなることがあり、

そんな時、自宅にいてもできるだろうと、自分で断食を始めることにしました。

3日断食とか、1週間、10日間というような断食を時々するようになり、

そのうち慣れてきて、少し食べ過ぎかなと思うと断食、体が重いなと思うと断食と、

思い立ったらすぐに断食をしていました。

道場での修行中のことですが、この断食の効用でとても印象に残ったことがあり、

もう何十年も前のことですが今も思い出すことがあります。

そのころは、道場での強化法やマラソン、冥想法、色々なことに慣れ、

体力も筋力も弱かった私がずいぶん強くなり、人並み以上の体力になっていました。

あるとき私が道場に入り、その数日後に同じ年頃の二十台前半の男性が入ってきました。

そんなに病気があるようにも見えない人でしたが、初めての道場で、改造班に入って断食を始めました。

体格は私より少し大きいくらいだけれど、強化法のときに相撲を取るといつも私の方が勝つという力関係でした。

そして、その彼の断食がすすむにつれ、3日目くらいには指だけでひっくり返すことができるくらい、ヘナヘナに力が抜けてきていました。

ところがです、1週間か10日くらい経って、相撲を取った時に、彼の体は、びくともしない岩のように頑丈で、とても倒すことができませんでした。

「腹が減っては戦はできぬ」などとはとんでもない、

断食で体の毒素が抜け、お腹の不要なものがなくなることで丹田に力がこもるようになったのです。

このときほど常識がいい加減だと思ったことはありません。

沖先生は、「お前らは、あれを食うかこれを食うか、食うことばかり考えている。食べないことを考えろ、空腹を楽しむんだ。」とよく言われていましたが、その通りのことがそのまま目の前で起こっていました。

沖ヨガのエッセンス

以前ブログに書いた内容ですが、ここに置いた方がいいのかもしれないと思い転記しました。

いま私は、わたしなりにやっと、自分の言葉でヨガを語れるようになりましたが、自分で自分を導けるよう引っ張ってくださったのは沖正弘先生です。

私が初めてお会いしてから15~16年で亡くなられ、その後も、その倍の月日、私を導いて下さったのだと今つくづく思います。

沖先生は色々なことを言われましたが、私の中では、道場での講義を聴いたり講演を聴いたり、本を読んだり、同じことを耳にタコができるほど聴いたように思います。

そしてそのエッセンスがしっかりと私の中に残っています。

ヨガは沙門系の密教だ。密教とは自分で体験して初めてわかる教えのことだ。

宗教とは人間が生きる根本の教えのことをいうんだ。

ヨガは、科学的、哲学的、宗教的に、総合的にやるんだ。

などなど、このことばだけでも、どれだけでも大きな根本的示唆であることか。

沖先生のようにエネルギッシュに全くの背水の陣で生きることは難しいですが、それでも私なりに本当のことを伝えたいと思い、これからもっともっと発信していきます。

そしてこんな話が分かる人に私が得たものを差し上げたいし、一緒に精進をしたいと思います。

  → 沖ヨガの継承

powered by Quick Homepage Maker 4.91
based on PukiWiki 1.4.7 License is GPL. QHM

最新の更新 RSS  Valid XHTML 1.0 Transitional