自分らしく生きる生き方そのものが人を健康にする

周平の沖ヨガ読本(9)

周平の沖ヨガ読本(9)



 - 沖ヨガとは-3 -   2013年6月号(No.165)


先日、この連載記事を読んでいる方から、「木村さんは、沖ヨガについて語るときはとても熱いですね」、と言われました。

「へェー そうかな~ どう思う?」と、家に帰ってから采佳(妻)に聞いてみました。

自分では淡々と考え、淡々と書いたり話しているつもりですから、熱いという表現にちょっと違和感を覚えたのです。ところが彼女からは「きっとそう感じる人が多いと思うよ、なぜ《ヨガ》でなくて《沖ヨガ》なんだろうって思うんじゃない?」、という答えが返ってきました。

そうか、なるほど! 世の中ではやっているヨガと沖ヨガは違うんだ。その違うところこそがヨガの一番大切なところなんだ。と自分が思っているところ、そこが大切なんだと思っているところがちょっと熱いのかもしれない。

このあたりをもっと明確に表現すれば私の言いたいことを理解してもらえるのかもしれないと考えました。

それなら世の中のヨガについてもうちょっと知っていないと表現できないなと思って、インターネットで色々調べていくとあるある、世の中のヨガが限なくある。

教室の情報なんかどれだけでもある。僕だってTLDのヨガ教室をネットで公開している。それから、難しそうなヨガやインド哲学の内容のサイト、結局占いのサイトにたどり着いてしまうようなサイトまで。世の中ではこんなにたくさん、ヨガに関心を持つ人やアピールしたいものを持つ人がいるんだ。

僕が始めた頃はヨガという言葉すら知らない人が殆ど。

その頃から何回かのヨガブームがあったり、オーム真理教でヨガが誤解される事件があったりと、紆余曲折とも見える変遷があったけれど、現在では、ヨガってこんなことをするんだ、とある程度ヨガについて知っているつもりの人が殆どだろう。

でも世の中で流通するヨガは、ネットを見れば見るほど、誇大広告のサプリメント屋、不安煽動の健康屋、医療屋、保険屋、そして人の欲求を煽るその他ほとんどの金儲け商売と本質は同じだ。

世の中のほとんどのコマーシャルは嘘の塊だけれど、それを嘘だと認識している人は少ない。この意味でいえばヨガのサイトもほとんどが嘘になる。特にヨガは、本来的に嘘や誇大表現とは相いれないものだ。ヨガというのは、頭を冷まして不要な欲から離れることを旨とするもの、コマーシャルにはなじまない。

なのに、これをするとああなるよ、こうなるよ、こんないいことがあるよ、と、結局はサプリと同じ扱い。

ネットを見れば見るほど、ヨガも他の健康産業や霊能商法と根本的には何も変わらないと気落ちしてしまいました。自分が体験もしないで学者などの他人の書いた本やそのまた聞きをあたかも自分で体験したことのように書く詐欺まがいのサイトの多いこと!

どうひいき目に見ても私の三分の一だってわかっていないだろうと思うようなくだらない自称ヨガ行者がのさばる。

たしかに、誰でも出発点があり似たような経過を辿り、永遠に過程だとしたら、お互い優劣の比べようもない。

でも昔はもっと控えめに自分を表現する人が多かったのではないかな。

自分はわかっていますよと言えばそれを証明することはできないけれど否定することもできない。

自分が嘘つきであることすら認識していない人の方が多いのだろう。だから言ったもの勝ちのように、老いも若きも詐欺もみんな立場は同じで、声の大きい人や派手にアピールする人が注意を引く。

そこで、「そいつらはニセモンだ~」 と叫んでもそれはやっかみにしかならない。自分では嫉妬ではないよ、君のためだよと思ったとしても、そのようには受け取ってもらえない。

だからヨガに関しては、「世の中いろいろあるから気を付けようね」、というような言葉が通じるのは良い人間関係の中だけだ。信頼できる間でしかアピールできない。自分への信頼を寄せる人にはそのことを伝えることができるけれど、一般に対しては声の大きいものが勝つ。

こうしてみると大きく広く伝えるためのインターネットの役割はなんだろうと思ってしまう。多くの人が使い方を間違ってはいないだろうか。

もともとヨガは体験を通じて獲得する人間力を扱うものであってマニュアルがあるわけではない。

本来ヨガは商売にはなじまない。宣伝にもなじまない。もともと自分を売り込むようにはできていない。自分がいま生きる生をいかに美しく温かく、大きく広くとらえ、すべてを肯定して生きることをいかに自分の意識力を持って実現していくかというところにある。こんなことを宣伝しても始まらない。

でも同じ思いを持つ人が、仲間がいれば、その道をより不安なく、より確信をもって進めるのではないかと思う。自分と、そしてできればより多くの人が、全肯定の心と生活を歩めるようになればと思う。その意味で仲間を探すためのネットにできればと思う。

結局、私の作っているホームページも仲間を探すための道具であって金儲けの手段には使えないんだ、と思ったことです。でもそんなだからはやらないのか、私の人間性がお粗末だからはやらないのか、TLDヨガ教室ではほとんど収入にはなりません。困ったものです。

     → 次へ 

  → 周平の沖ヨガ読本(1) -  ヨガの喜び -
  → 周平の沖ヨガ読本(2) -  自律神経 -
  → 周平の沖ヨガ読本(3) -  感知力 -
  → 周平の沖ヨガ読本(4) -  感知力 2 -
  → 周平の沖ヨガ読本(5) -  和らぐ -
  → 周平の沖ヨガ読本(6) -  沖ヨガの継承 -
  → 周平の沖ヨガ読本(7) -  沖ヨガとは -
  → 周平の沖ヨガ読本(8) -  沖ヨガとは-2 -
  → 周平の沖ヨガ読本(9) -  沖ヨガとは-3 -
  → 周平の沖ヨガ読本(10) - 沖ヨガとは-4 -
  → 周平の沖ヨガ読本(11) - 沖ヨガとは-5 -
  → 周平の沖ヨガ読本(12) - 沖ヨガとは-6 -
  → 周平の沖ヨガ読本(13) - 沖ヨガとは-7 -


  → 周平のヨガ記事に戻る

powered by Quick Homepage Maker 4.91
based on PukiWiki 1.4.7 License is GPL. QHM

最新の更新 RSS  Valid XHTML 1.0 Transitional