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周平の沖ヨガ読本(7)

周平の沖ヨガ読本(7)



 - 沖ヨガとは -   2013年4月号(No.163)

沖ヨガはどんなことをするのでしょうか。他のヨガと何か違うのでしょうか。
わざわざ沖ヨガとことわるところは何なのでしょうか?

沖先生が講義でお話しされていたこと、本に書かれていること、そして道場でやっていたこと。それらをまとめていけば沖ヨガとは何なのか、何をするのか、何をすべきなのかが見えてくるかもしれません。

私としては、まずは道場でどんなことをしていたのかを思い出すままに書き出してみることにします。

道場では、すべてのことを行(修行)として行いなさいとして、何をするにも行法と名付けてやっていました。

そしてすべての行法のはじめには、求道の誓い、覚めの誓い、というように、「誓いの言葉」を皆で唱和してからその行法が始まりました。

「誓いの言葉集」には十六の誓いの言葉が入っています。

 求道の誓い、実行の誓い、目覚めの誓い、清掃行法の誓い、浄化行法の誓い、矯正行法の誓い、強化行法の誓い、冥想行法の誓い、祈り行法の誓い、宗教心体得の誓い、愛の行者になる誓い、自己解放の誓い、作業行法の誓い、心を中心とする誓い、栄養摂取の誓い、ねむりの誓い。

誓い、誓った通り意識化してそれを実践する。そのように生活をする。それが求道であり、沖ヨガをするということだ・・・。と、結論めいたものが、今これを書きながら私の中に強く湧いてきます。
 でもまだ書き始めたばかりなのでこれは保留にして道場や沖先生の話に戻ります。

きっと沖先生自身がこの誓いを自分に課しておられたのでしょう。沖先生のお話の中にこんなことがありました。

「スプーン曲げだとかテレパシーだとかそんなのは練習すりゃ誰だってできる。そんなのは超能力とは呼ばない、特殊能力というんだ。超能力というのは、感謝・懺悔・下座・奉仕、これができるようになったら超能力だよ、俺は40年やっているけれど難しい。」と、よく言われていました。

この誓いの言葉も同じことでしょう。誓ったとおり全部実践できるならそれはきっと超能力の世界に違いありません。誓うということは「実行する」と自分に宣言することです。言葉だけ読んで実行をしていない、すなわち誓いを誓わないでいるから本当にはヨガができていないんだ、ということですね。

「体操をすれば、呼吸法をすればヨガだ、ではないんですヨ」と、私も口ではずっと言ってきていますが、“沖ヨガをやっている”というなら、ここを無視しては通れません。なんと高い関門でしょう。他のヨガの団体ではどんなことをいっているのでしょうか。

さて、部屋の中でやること屋外でやること、毎日朝から晩まで何かしているのですが、今まで自分が暮らしてきた世界から離れ、これまで義務であったことをせず、今まで食べてきた栄養のあるものを食べず、突然栄養がないかのように見える質素な食べ物を少量食べ、空腹をかかえ、金もうけや背伸びをする世界から離れ、自分を見つめ自然を見つめ、自分や周りが変化していくのを眺めて暮らす。自分が主体で活動してきたのを、受け身の生活形態になり、でも、積極的に生きろとも言われる。

それではヨガ道場でやることを朝起きてから順にみていきましょう。

まず太鼓が鳴って男女雑魚寝の大部屋で目覚め、洗顔をすると、読経行法。

般若心経をゆっくりと3回唱え、そのあと般若心経の意訳を1回読む。

 次に掃除の分担をして清掃行法。それが済んだら、山道を1時間くらい走るマラソン(ジョギング)行法。ただし病気などで走れない人は散歩行法をする。走った先に滝があるときにはそこで滝に打たれる。道場に戻ったら水浴行法。

少し休んで、味噌汁を一杯。みそ汁の具には前日のご飯や麺の残りが浮いていることが多かった。そのあとは浄化行法。汗をかいたり排便促進体操など、排毒を促進する体操や呼吸法をやる。

起床からここまでは毎日ある程度パターン化されていました。

ここから先は日によってまちまち、色々な行法が出てきます。

浄化行法・強化行法・食事行法・修正行法・冥想行法・笑いの行法・歌の行法・合気道行法・阿波踊り行法、その他にも道場にその時来られている専門家の方の指導する、ダンス行法・生け花行法・拳法行法・棒術行法などなど、すべてを通じて道を求め、すべてを動禅として行いなさいと数多くの行法が行われていました。

また、突然真冬に下田の海に行って砂浜で強化法をし、海水浴をし、唇まで真っ青になってブルブルガタガタして、今度は温泉に行ってゆっくり温まる。

講義では突然沖先生が大声で怒鳴り始め、誰かがボカボカぶんなぐられ蹴飛ばされる。

強化法では沖先生が竹刀を振り回し、跳べ走れ、と強迫をされ追い掛け回される。

まあ普通の社会では考えられないことがどんどん起こり、その真っ只中に自分がいてとても刺激的なことでした。

道場のプログラムは突然行法と言って、場当りのようにその場の状況で変化し、バラエティに富んだものでしたが、私の行き始めた頃と後年ではずいぶん雰囲気が変ったように思います。最初の頃、沢地の道場は建設途中で、大工仕事の手伝いなども結構やりました。

また、沖先生もまだ50歳になるかならない頃ですから、とても元気でご自身が一緒に走ったり、運動会にも出てこられてあれこれ指図をしておられました。講義・質疑応答のお話の時間も多かったのですが、だんだんにその時間が少なくなっていったように思います。

今では道場での生活はなつかしくまた有意義なものであったととても強く思いますが、初めて道場に行った昭和45年6月、今から43年前のその時の初印象は決してよいものではありませんでした。

沖先生の本を読んで、道場に行く前に勝手に想像していたことですが、「白亜の殿堂」とでも言えるイメージの建物と、その中の静かで澄んだ空気のなか、皆が静かにヨガを行じている・・・そんな情景を想像していました。しかし行ってみてびっくり。建物も人も雰囲気も全く想像外。

一番最初は下田にあった別な建物に連れて行かれたのですが、その建物は奥様の愛子先生の関係のところでした。母屋から離れたところにある“板を渡したボットン便所”には大量の金蠅がブンブンと飛び回っている。 行法会場にも使っている大部屋には、垢でテカテカと光っているセンベイ布団が山にして積んである。そのそばには、元気な人もいましたが、多くが髭も髪もぼうぼうで、病人のような悪い顔色で背中を丸めて座っている。ボソボソと超能力やUFOの話をしている一団もいる。
(当時は超能力やUFOの話はヨガという言葉と同じくらい訳のわからない、特殊なものでした。)

これは本で読んだヨガとは全く違うではないか、なんて不潔で気持ち悪い奴の集まっているところなんだ、と、まずは幻滅してしまいました。後年インドや東南アジアに何度も行きましたが、そこで見たり体験した不潔感に比べればずいぶんきれいなところであったと思いますが、当時の私から見ればとんでもないものでした。

潔癖な私にとっては大便も止まってしまうつらい体験でしたが、調えるべきは環境よりも自分ですよと言うことだったのでしょう。おかげで適応力の大切さがわかり、積極的にどんなところにも飛び込めるようになった良い体験でした。

あと、沖先生のお話でよく覚えていることの一つは、「この道場(沖ヨガ修道場)はガンジーの農場をまねしたんだ。同じようにやっているんだ。」とよく言われたことです。

ガンディーの共同農場(“共同農場”と言う表現だったかどうかは覚えていません)の話を聞いて、私もそんな修行ができる、生活ヨガを実践できる、共同生活をする農場をやりたいと思ったものでした。
でも残念なことに畑に関しては、道場にあったのはほんの小さな猫の額ほどのものでした。

あと、道場に入った日はいつも、まず自己反省文を書くように言われ、それを空き時間や夜中の時間を使って何日もかけ、自分の生い立ちから書いたものでした。体調日誌(便の回数や変調など)を書き、そして毎日の各行法の感想文を書き、最後に道場を出るときには、総合感想文を書きと、自分の中にあるものを出す訓練の一つとして、滞在中はずっと書き続けていなければならないようになっていました。

        次号に続く

読者で沖ヨガ道場での生活を覚えておられる方は是非投稿をお願いします。私の足らないところや間違いがあればこれもご指摘をお願いします。

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