自分らしく生きる生き方そのものが人を健康にする

周平の沖ヨガ読本(12)

周平の沖ヨガ読本(12)

 - 沖ヨガとは-6 -   2013年9月号(No.168)

沖ヨガ道場は、何事につけ体験でしか物事は把握できないのだということがよくわかったところでした。

その一例の体験です。

ドロドロ血液はだめですよ、食べ物を調えて血液をきれいにしましょう。とは自然派志向の人たちがよく言うことです。

《血液がきれい》ということはどんなことでしょうか。当然、酸素や必要な栄養を十分に運んでいることでしょう。

血管の問題も含まれますが、サラサラとよく流れて隅々まで酸素や栄養を運び、不要なものを肝臓や腎臓に引き渡していつも体を掃除できている状態。要は健全な血液の状態を指していると思いますが、どうすればそうなれるのでしょうか。

そしてそうなっていることをどうすればわかるのでしょう。そのことのわかる一端を初めて道場に行ったとき、体験することができました。

さて、初めて静岡県三島市にある道場に行ったのは23歳の6月の末、夏も盛りになるころ。すでにポーズや呼吸法を2年位独習していて、自分ではヨガをよく知っているつもりでの、腕試し的な気分での道場入門でした。

里山の山裾の小さな川沿いにあり、近くには農地も多いという環境の中の道場。

網戸などなく、当然扇風機も空調もなく、窓を開け放った道場の中はやぶ蚊がブンブン飛び回っていました。もともと私は蚊によく食われる性質(たち)で、蚊が大嫌い。それはその頃の私の生活を物語っているのでしょうが、蚊の多い竹藪などに入るのはたまらなく嫌でした。

そのうえ男は上半身裸に半ズボンといういでたちでしたから、昼も夜も蚊が寄ってきて体中刺したいほうだい刺され、足などはボコボコになっていました。

自分の想像とはかけ離れた状況の道場、食い物が少なくて腹が減る、強化法で慣れないきつい動きをさせられて体中が筋肉痛で階段の昇り降りもギクシャクとしているのに……、痛くて痒くて、痒くて痛くて、「ああ、もういやだ! 帰りたいよ~」という気分に支配されきっていたのですが、1ヶ月間だったか2か月間だったかの修行願いを書いていたので急に帰ると言うのははばかられました。

それならそっと抜け出して勝手に帰ろうと思っても、財布を取り上げられているし、歩いて帰れる距離でもないという状況でした。

そこで、帰らなければならない用事を作文して、「帰ります」というのですが、全く受け付けてくれません。

このとき、愛子先生(沖先生の奥様)に懇々と諭され、引き留めていただいたおかげで2週間の道場生活をし、私の人生にとって最も大切なことを把握するきっかけを得たのですが、

こんなやりとりをしている3~4日を過ぎた頃からだんだん蚊に食われなくなり、代わりに新しく道場に入ってきたての人が蚊の猛攻撃を食らったのです。驚いたことに、蚊がたくさん飛んでいるのに私には寄ってこなくなりました。

1週間くらい前に道場に来た、ちょっと先輩に聞くと、「少食でよく汗をかき、エネルギーを使いきるまでよく動き、よく考え、余分なものが血液にない状態になると蚊が来なくなる」と彼もやはりちょっと先輩から聞いたとのことでした。

きっと蚊にとっては美味しそうな臭いのしない血液になってきたのでしょう、不思議に蚊が来ないで、お隣さんばかりを刺すのです。教えてくれたその人も同じことを体験していて、入所したての時は食われていたのが私と交代になったのだそうです。

思い起こしてみれば、筋肉痛が減ってきて、入りたての時のショックで止まっていた便が出るようになって、ここの環境にも少し慣れ、体も気分もちょっとほぐれ、少食にも慣れて、体も心も軽くなってきた頃です。食べ物が少なくても気にならず、体が軽くなり、気分が積極的になり、なぜか自信が出てきて、恐ろしい沖先生指導の強化法も、やったるで~という気分になってきていたのです。

これがきっと血液がきれいになるということなのでしょう。頭でいくら考えてもわからない、いくら血液と蚊を分析してもわからないことでしょうが、数日間そのような生活をすることでなるほどとわかったのです。

後から調べて分かったことですが、蚊には温度センサー・炭酸ガスセンサー・乳酸センサーなどがあって動物や人に寄ってくるのだそうです。

ですから、体から汗をかいたり臭いをさせたりするほどに蚊が寄ってきやすくなるのです。ということは血液がきれいだと蚊が寄ってきにくいということは十分に考えられることです。

でもそんなに血液がきれいそうでもない、いつも寒い寒いと言っている年寄で蚊が全く寄ってこない人もいます。体の表面温度が低く、毛穴がしまって、炭酸ガスや乳酸の臭いをさせていなければ蚊が寄ってきにくいというようなことや、赤ん坊が蚊の絶好の餌食になるというようなこともありますから、蚊だけが血液の清濁の基準にはできません。

でも、道場でのこの一つの体験は、物事は体験しない限りわからないのだ、と、頭でっかちの私の目を覚まさせる大きなきっかけになりました。

     → 次へ 

  → 周平の沖ヨガ読本(1) -  ヨガの喜び -
  → 周平の沖ヨガ読本(2) -  自律神経 -
  → 周平の沖ヨガ読本(3) -  感知力 -
  → 周平の沖ヨガ読本(4) -  感知力 2 -
  → 周平の沖ヨガ読本(5) -  和らぐ -
  → 周平の沖ヨガ読本(6) -  沖ヨガの継承 -
  → 周平の沖ヨガ読本(7) -  沖ヨガとは -
  → 周平の沖ヨガ読本(8) -  沖ヨガとは-2 -
  → 周平の沖ヨガ読本(9) -  沖ヨガとは-3 -
  → 周平の沖ヨガ読本(10) - 沖ヨガとは-4 -
  → 周平の沖ヨガ読本(11) - 沖ヨガとは-5 -
  → 周平の沖ヨガ読本(12) - 沖ヨガとは-6 -
  → 周平の沖ヨガ読本(13) - 沖ヨガとは-7 -


  → 周平のヨガ記事に戻る

powered by Quick Homepage Maker 4.91
based on PukiWiki 1.4.7 License is GPL. QHM

最新の更新 RSS  Valid XHTML 1.0 Transitional