自分らしく生きる生き方そのものが人を健康にする

周平の沖ヨガ読本(1)

周平の沖ヨガ読本(1)



 - ヨガの喜び -   2012年9月号(No.156)

 世の中のヨガの流行り方はこれでいいのだろうか? これが、ヨガが本当に浸透するための過程なのだろうか? と日々思います。

 沖先生は「100年、200年後には俺の言っていることが理解されるだろう」というような意味合いのことを言っておられました。

 本当に大切なこと、一番大切なことなのだろうと思われることを多くの先達が教えて下さっていますが、世の中の多くはそれをなかなか受け入れません。

 受け取ることも自分のレベルでしかなく、表現することも自分のレベルでしかできませんが、私は私なりの言葉で表現し、どこかで役に立てるかもしれないし、誰かと共感できればと思いながら、この記事を書いていきます。

 人間の幸せ感も不幸せ感も、満足も不満も全て心が感じていることですから、この心がいつも気持ちよさや満足感を味わっていなければ、ヨガをやって健康になり、その健康を駆使して働き、そしてどれだけ金を儲けようとも全く意味がありません。

 健康度は高いに越したことはありませんが、健康は本来当たり前の姿です。ヨガをしようがしまいが、もし健康に問題があるとしても、ヨガをするということのプロセスとしていつの間にか与えられているものであるはずなのです。

“喜び”は本来自分の中に内在し、その元は生命の働きそのものである。

                           とヨガでは教えます。

人から認められたり、欲しいものが手に入ったりして欲求が満足すれば喜びが得られますが、一喜一憂と言われるように、手に入らなかったり、失ったときは反対の心になります。

でもこのように得られる喜びでさえも、本来自分の中にあった喜びの一部が表に出てきたものと考えられます。

 また、生命の本質が喜びであるなら、喜びというものはいつでも感じられるはずのものです。

今それを感じないとすればそれを邪魔しているものがあり、その邪魔をしているものを除くことができなければ、壁に隔絶されたり、あっても見えない盲目状態になっているということです。

 それではどんなことが邪魔しているでしょうか。これが分かればすべて解決するはずですが、それが簡単にはいかないからこそ、真の喜びを味わうことが難しいのです。

 私たちは多くのことを足し算や引き算をするような計算や定量をする能力を使って
判断・実行・解決しています。

人間はこの能力を発達させて来ましたが、この本質的な喜びにアクセスしその中に入る糸口を見つけることは、知能や判断力ではできません。

それではいくら考えても何をしても望みがないことになりますが、方法はあるはずですし、またそれはヨガの教えの中にあります。

 沖先生はそれを「生命の声は気分である」、「生命に聴きなさい」と表現されています。

 体の使い方一つとってみても、無理のある使い方の時には疲れたり痛かったり、心が安定しなかったりします。

また心の使い方を間違えば、悩みや不安が生じますし、またその心を起点とした行動は結果に左右される心の状態を生み出し、ますます心が不安定になります。

そこで「生命は神である」、「生命は間違わない」、「生命の教えに従いなさい」、「生命の声である気分に聴いて生活をしなさい」ということを言われるわけです。

生命に聴いて食事をする。生命に聴いて仕事をする。全て生命に聴いて・・・ということです。

 喜びが本来自分に内在しているものであるということを受け入れるなら、これが喜んで生きるための唯一の方法です。そしてそれは瞑想を繰り返し行うことで明確な確信になります。

 喜びは外に求めるのではなく内に向けられるべきものなのです。しかし、内にあるからと言って、瞑想をしていくら心の中を探してもそれは見つかりません。

内というのは、他から与えられたり、外部の刺激によって誘発されるものではないという意味合いです。

自分の行動や呼吸や姿勢といった生命の働きの表れそのものに喜びの種も果実もあるのです。

喜んでいる呼吸、喜んでいる姿勢、喜んでいる表情そのものが喜びであるということを理解し、それを実践するしか盲目状態から解放される方法はありません。

 ヨガというとまず色々な形をとるポーズを思い浮かべる方が多いことでしょう。そして健康になるということが一番に取り上げられます。

 確かに不健康は克服されるべきものでしょう、しかし、そこで健康になれば人生の何が変わるのでしょうか。ヨガは本来その問いかけをしているのではないでしょうか。

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