自分らしく生きる生き方そのものが人を健康にする

ヨガについて

ヨガについて

本来のヨガ

呼吸が深く、意識が広く、体に力がみなぎり、心も身体も温かい

心が自由で和らぎ、何をしても楽しく気持ちがいい。

ヨガはこんな理想の状態を自分のものにすることを目指します。

生まれて生きている限りは最高の生き方をしたい。

ゴールは遠いところにあるのかもしれませんし

すぐそばにあるのかもしれません

でも、登山家が頂上を目指すように、そこに山があるから登るように

そこを目指すことそのものが喜びです。

そして少しでも前進するほどに、体は健康になり、心が和らいで

生きることが楽になり、楽しくなります。

ヨガをするとは

5000年の歴史を持つ、古くて新しいヨガですが、

一般に取り入れられ、多くの方が取り組むようになったのはごく最近のことです。

経験の浅い先生も深い先生も、日本の先生も外国から来る先生も、

きっと、まじめに伝えたいと考えている先生も、商売本位でやっている先生も、

色々なタイプのヨガがまぜこぜで、色々な教室が乱立し、

いい加減な内容も、経験を十分に積まないと分かりえないような深い内容も、同じ次元で扱われ、

言葉だけがごく簡単に飛び交っています。

言葉を受け取る側がしっかりと取捨選択をできるような気構えを持っていないと、

ただ流行に翻弄され、本来のヨガの価値を享受できないばかりか、

多くのトラブルを抱え込むことになります。

大切なのは、ヨガをすることで生きる原点をつかむことです。

健康は自分でつかむ、美しく生きる、喜んで生きる、

そして遊びも仕事もすべてをヨガにしてしまうことが大切なのです。

インドの難しい言葉や呼吸法やポーズの言葉を並べたてても、

少しでも自分が変われるわけではありません。

逆に、インドのヨガの書物に書かれていないことであっても、

生命力をより生かすことの出来るものなら何でもヨガとして行うことができます。

気候風土、生活習慣、食習慣が違い、また体質も国によって違うのですから、

インドのヨガにこだわる必要はどこにもありません。

大切なことは正しくやること、道筋を見失わないこと、

色々な情報に振りまわわされず、正しく自分をみつめ、

難しいことよりも自分に必要なことを、絶え間なく続けることです。

そうすればいつのまにか体の歪みが減り、血行が調い、

心も体も変わり、生活も変わり、人生の全てが変わってくるのです。

このようなヨガのやりかたを自分だけで見つけるのはとても難しいことです。

自分でやり方を見つけることができるように、独り立ちできるようになるには
よい指導者が必要なことでしょう。

でも、自分はよくない指導者だと言って宣伝する人はどこにもいませんから、

よい指導者は自分で探さなければなりません。

体、心、そして仕事、人生、・・・と、一緒に考えそして指南してくれる先生です。


生命に聴く

このようにして、ヨガで健康を獲得したり自己実現をしたりしていくことができます。

しかしその力がヨガにあるのではありません。

ヨガは大きな道筋を示しているに過ぎません。

自分にとっての道筋は自分で見つけなければなりませんが、多くの方がここで間違えます。

自分で見つけるということは自分の生命に聴くということです。

問いも答えも自分の中にあるのです。

ヨガをすれば健康になるのではなく、健康になるようにヨガをするのです。

自分の心が豊かになるようなヨガのやりかたをするのです。

全ての頂点に立つのが自分です。

世の中で良いと言われることを信じてはいけない。

先生の言うことを信じてはいけない。もちろん、私の言うことも。

でも疑ってはいけない、自分で試してみよ。というのが沖ヨガの教えです。

今登っている山頂に楽園があるのではなく、

とんでもない迷路の先にあるのかもしれません。

いや、自分一人でレンガを積んで壮大な宮殿を建てるように、

楽園は自ら作り上げるものかもしれません。

ヨガに効用があるのではなく、自分がやったことに効用があったのです。

インドやスリランカに、もちろん日本やヨガ教室にヨガがあるのではありません。

自分に試し、自分に聴き、自分を信じ、自分を喜ばせる生活をする。

これがヨガをするということです。

ヨガのポーズや修正法なども身につけていくことが必要ですが、

なによりもこのようなヨガのやり方を学ぶことが大切です。

ヨガの三密


心・体・呼吸、これをヨガの三密といいます。

私たちは心を使い、体を使って生きています。

この心と体は別のモノのように見えて別モノではありません。

でも私たちには別のモノのように見えます。

「私」とか「人間」というものを全体的に把握することができない私たちが、別な切り口から見たそれぞれが、「心」であり「体」なのです。

地上を這う生き物には人間の背の高さも高層ビルの高さも区別がつかないことでしょう。

これと同じように私たちの頭脳にも、見えない、または把握することのできない事柄があります。

影絵を見てその映像の元が手であるということは教えられなければ分かりません。

物事の「カタマリ」の外も中も色も味もすべてを一つのモノとした「それ」として把握をすることはできません。

味はこんな味で、色はこんな色で、形は・・・というように別な把握をまとめているだけです。

物事の「カタマリ」そのものを把握することはできないが、それをスパッと二つに切り分けたその切り口を見ることはできています。

心や体というものも、これと同じように、人間というカタマリ、自分というカタマリを別な切り口でみた一つの側面なのです。

心は、体で使っているのと同じ血液、同じ神経を使って働いています。

同じ食べ物で生かされ同じ酸素を吸って働いています。

ですから、お互いが影響をしあうというような親戚関係ではなく、同じものとして扱うことが大切です。

そして、ここにもう一つ「呼吸」ということもこの「私」の把握のために欠かせないことです。

この三つの方向から見た「私の側面」を足すことで私という全体に近寄ることができるのです。

私というものの表れは、体としての「私」であり、心としての「私」であり、呼吸としての「私」なのです。そのどれでもあるのです。

そして、現実に違うものとして見えるのだから、それぞれの面からアプローチをするのです。

でもそれが同じところに向かっての作業であるということを理解したうえでないと大きな間違いを犯してしまいます。

これがヨガの三密です。

この三つの面から自分を見つめ、自分のあるべき姿をイメージし、そしてそこに近づく方法を考え、それを実践します。

何もしていないのに病気になったり治ったり、いわれもなく苦しんだり喜んだりしている、と私たちは思っています。

そんな翻弄されている生活から抜け出すには、この三つの面のどこをどう変えていくことが必要なのかを自ら生命に聴き、発見し、それを実践することが必要です。

これがヨガをやるということです。

呼吸について


呼吸という言葉は息を吸ったり吐いたりということを意味しています。

辞書を見ると、物事を行う微妙なコツ。調子。要領。という意味も書かれています。

しかしヨガを含め心や体を意識して使う他の芸術や○○道といわれる芸道や武道においては、吸う吐くだけではない別の意味がそこに含まれています。

調子という意味に近いかもしれませんが、呼吸が乱れるとか呼吸が調うというときには、

体も心も一体のその人全体の状態を指しています。

そして呼吸をつかむ、呼吸を会得する。という表現があり、呼吸をとても大切なものとしています。

それは呼吸をコントロールすることが心と体のコントロールの鍵だからです。

呼吸は無意識にやっているが、意識的にすることもできる。

無意識的にやっている時、呼吸は潜在意識の働きに支配されている。

そしてその意識状態は呼吸の形として表れているし、心の状態、体の状態としても表れている。

そこで、意識的に呼吸の形を変えると、それまでただ無意識に支配されていた意識の状態を変化させることになる。

このとき、心も体も変化するのです。

呼吸をコントロールすれば心のコントロールができるということです。

これは体についても同じことが言えます。

また、体を変化させれば呼吸が変わり、心が変化すれば呼吸が変わるということでもあり、

どこから入ってもこの三者を変えていくことができる。

これがヨガの三密であり、ヨガをやっていくための大切なポイントです。


声のヨガ

声は呼吸のエネルギーを音に変えたものです。

そのため、呼吸の状態が全て声に表れます。ということは、声を変化させれば呼吸の状態が変わる。呼吸が変われば心や体も変化する。

声も私の切り口の一つなのだから、当然のことなのです。

ヨガをするうえで、声にはもう一つ特筆すべき特徴があります。

それは、声は他の人にも自分にも耳に聞こえるからです。

当たり前だろうと思わないでください。例えば”目に見えるかたちにする”という表現があるように、呼吸というつかみどころのない”もの”を耳に聞こえるかたちにしたものだということは大きな意味のあることなのです。

人の呼吸を外から見ていてどんな心の状態かを把握するのは難しいことですが、話している声を聞けば、喜んでいるのか嫌がっているのかがわかります。

”目に見える”のと同じように、耳に聞こえる形になったからです。

ですから、私はいつも、”声は呼吸のバロメーター”と言っています。

ヨガをしていくうえで、声をうまく使うことが出来るのです。

ナチュラル ヴォイス ヨガはこれを応用したものです。



   → 沖ヨガとは

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